町へ戻ったガルドとセリナは、そのまま冒険者ギルドへ向かった。
森で見つけた大きな鱗。
地面を揺らすほどの音。
そして、あちこちに残されていた大型魔物の痕跡。
気になることはいくつもあったが、まずは拾った鱗の正体を確かめる必要がある。
「調査はどうでしたか?」
受付で声をかけてきたのは、昨日も二人の報告を聞いていた受付嬢だった。
「いくつか気になるものを見つけたわ。これを調べてもらえないかしら?」
セリナは布に包んだ鱗を取り出し、受付台の上に置いた。
受付嬢は包みを開き、目を丸くした。
「これは……ずいぶん大きな鱗ですね」
「森の奥で見つけたんだ。近くには、でかい魔物が通ったような跡もあったぞ」
ガルドが説明すると、受付嬢は鱗を持ち上げ、表面を注意深く観察した。
「少々お待ちください。詳しい者に確認してもらいますね」
受付嬢は鱗を持って、ギルドの奥へと姿を消した。
その間、ガルドは掲示板を眺めていた。
「なあ、セリナ」
「何?」
「今日の調査、報酬は出るのか?」
「調査依頼を受けているんだから、当然出るでしょう?」
「そうか! じゃあ、帰りに肉を買えるな!」
「……報酬の使い道は、もう決まっているのね」
セリナは苦笑した。
ガルドにとって、冒険の成果を実感できるのは報酬を受け取ったときだけではない。
むしろ、その報酬でどれだけおいしいものを食べられるかが重要らしい。
「でも、ちゃんと調査もしているから不思議なのよね……」
「何か言ったか?」
「なんでもないわ」
セリナは小さく笑った。
しばらくすると、受付嬢が一人の男性を連れて戻ってきた。
年配の男性で、腰には小さな道具袋を下げている。
冒険者というより、研究者か鑑定士といった雰囲気だった。
「お待たせしました。こちらはギルドで魔物の素材を鑑定している、鑑定士のマルクさんです」
「マルクだ。見つけたものを見せてもらおう」
マルクは鱗を受け取ると、手袋をはめて表面を調べ始めた。
光にかざし、端を確かめ、裏側までじっくりと観察する。
やがて、彼は難しい顔でうなった。
「ふむ……」
「何か分かったのか?」
ガルドが尋ねる。
「少なくとも、一般的な魔物の鱗ではないな。かなり硬い。これほどの大きさで、ここまで厚みがあるものは珍しい」
「じゃあ、強い魔物の鱗なの?」
セリナの問いに、マルクはうなずいた。
「その可能性は高い。だが、これだけでは種族までは特定できん」
彼は鱗を机の上に置き、二人を見た。
「どこで見つけた?」
「北の森の奥だ。大きな魔物が通ったような跡もあったぞ」
「北の森か……」
マルクの表情が曇った。
「実は、ここ数日、似たような話がいくつか入ってきている」
「似たような話?」
「ああ。森の近くで、見慣れない魔物を見たという報告だ。目撃した者によって特徴は違うが、どれも体が大きく、普通の魔物とは様子が違ったらしい」
セリナは真剣な顔で耳を傾けた。
「その魔物を見た人は、どこまで確認できているの?」
「遠くから姿を見ただけという者がほとんどだ。近づこうとした冒険者もいたが、途中で地面が揺れ始めてな。危険を感じて引き返したそうだ」
「地面が揺れた……」
ガルドがつぶやいた。
森で聞いた、あの重い音。
偶然とは思えなかった。
「やっぱり、森の奥に何かいるんだな」
「そう考えるのが自然でしょうね」
セリナは鱗に視線を落とした。
これほど大きな鱗を持つ魔物なら、相当な巨体である可能性がある。
しかし、なぜそんな魔物が森の中を移動しているのか。
そして、ほかの魔物たちが森の外へ逃げるように動いているのはなぜなのか。
まだ、分からないことばかりだった。
「もう一つ、聞いておきたいことがある」
マルクが口を開いた。
「森で、ほかに何か見なかったか? 地面の大きな傷や、折れた木などだ」
「見つけたぞ。太い木が何本も折れていたし、地面も大きくへこんでいた」
「やはりか……」
マルクは腕を組んだ。
「こういう魔物が移動するとしたら、何か理由があると思う?」
「理由はいくつか考えられる。餌を求めて移動しているのかもしれんし、別の魔物との縄張り争いに負けた可能性もある」
「それなら、ほかの魔物が逃げているのも説明できるのか?」
「一部はな。だが、今回の報告は範囲が広すぎる。複数の場所で同じような異変が起きているのが気になるんだ」
マルクは地図を取り出し、北の森周辺を指さした。
「このまま異変が続けば、街道を通る商人にも影響が出るだろう。ギルドとしても、原因を調べる必要がある」
「だったら、もう一度森に行ってみるか?」
ガルドが即座に言った。
セリナは彼の顔を見た。
「行くのはいいけれど、今度はもっと慎重に調べましょう。相手の正体が分からない以上、戦うことだけを考えてはいけないわ」
「分かってるって。見つけても、まずは様子を見るんだろ?」
「そうよ。危険だと思ったら引き返す。それが約束」
「おう!」
ガルドは力強くうなずいた。
マルクはそんな二人を見て、少しだけ表情を和らげた。
「頼もしいな。だが、くれぐれも無理はするなよ」
報告を終えた二人は、ギルドを出た。
外は夕方に差しかかり、通りには帰宅する人々や、仕事を終えた商人たちの姿が増えていた。
ガルドは大きく伸びをした。
「ふう。いろいろ分かったな!」
「分かったというより、分からないことが増えた気もするけどね」
「そうか?」
「ええ。でも、森に何かいる可能性は高そうね」
セリナは空を見上げた。
明日、すぐに森へ向かう必要はない。
今日得た情報を整理して、必要な道具を準備してからでも遅くはないだろう。
「明日は準備の日にしましょう。食料や薬、それから予備の矢も用意しておきたいわ」
「分かった! 食料なら任せろ!」
「……あなたの場合、食料の準備が一番楽しみなんでしょう?」
「当然だ!」
ガルドは胸を張った。
「冒険には飯が必要だからな!」
「はいはい。じゃあ、まずは夕飯にしましょうか」
「おおっ! そうこなくちゃな!」
二人は通りに並ぶ食堂を探し始めた。
その途中、ガルドがふと足を止めた。
「あっ、あの店!」
指さした先には、鉄板の上で肉を焼いている屋台があった。
香ばしい匂いが、通りいっぱいに広がっている。
「……夕飯の前に、一本だけならいいわよ」
セリナが先回りして言った。
「本当か!?」
「ただし、一本だけね」
「よし! おじさん、肉串二本!」
「二本じゃないの!」
「一本はセリナの分だぞ!」
「……あっ」
セリナは一瞬、言葉に詰まった。
ガルドは何も考えず、にこにこと笑っている。
「ほら、一緒に食べよう!」
「……もう。仕方ないわね」
セリナは小さく笑い、差し出された肉串を受け取った。
二人は並んで歩きながら、焼きたての肉を頬張った。
いつもと変わらない、穏やかな町の夕暮れ。
だが、その平穏のすぐそばで、北の森の異変は少しずつ広がり始めていた。
そして、二人が次に森へ向かうとき。
彼らは、これまで見たことのない痕跡と向き合うことになる。
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