町へ戻ったガルドとセリナは、まっすぐ冒険者ギルドへ向かった。
夜のギルドは、依頼を終えた冒険者たちで賑わっていた。
受付では報酬を受け取る者たちが列を作り、食堂からは香ばしい匂いが漂ってくる。
「腹が減ったな……」
ギルドの扉をくぐった途端、ガルドが呟いた。
「村であれだけ食べたでしょう?」
「それとこれとは別だ!」
「はいはい。まずは報告よ」
セリナに促され、二人は受付へ向かった。
「お帰りなさい。リンド村への護衛依頼は無事に終わりましたか?」
受付嬢が笑顔で尋ねる。
「おう! 荷物は無事に届けたぞ!」
「それはよかったです。では、依頼完了の手続きを――」
「それと、ちょっと気になることがあったんだ」
ガルドが続けた。
受付嬢の表情が引き締まる。
「気になること、ですか?」
セリナが代わりに説明した。
リンド村の北にある丘で地響きが起きたこと。
そこで複数の魔物の足跡を見つけたこと。
そして、体毛が灰色で、二本の大きな角を持つ巨大な魔物と遭遇したこと。
戦闘になったものの、協力して撃退したことも伝えた。
「ブラウンホーンよりも大きな魔物……ですか?」
「ええ。頭部の角もかなり大きかったわ。岩にぶつかっただけで、表面を砕いてしまうほどだった」
セリナの説明を聞きながら、受付嬢は記録用の紙に情報を書き込んでいく。
「その魔物は、どちらへ向かいましたか?」
「丘の奥にある岩場よ。そこには、以前見つけたものと似た爪痕も残っていたわ」
「爪痕……」
受付嬢は、以前の報告記録を確認した。
北の森で見つかった黒い鱗。
東の山道で目撃された黒い巨影。
そして、各地で報告されている地鳴りや魔物の異常行動。
今回の情報も、無関係とは考えにくい。
「少々お待ちください。ギルドマスターに報告してきます」
受付嬢は記録を手に、奥の部屋へ向かった。
ガルドはその背中を見送ると、食堂の方へ顔を向けた。
「報告が終わったら飯だな!」
「……まだ話の途中でしょう?」
「分かってる! ちゃんと待つぞ!」
そう言いながらも、ガルドの視線は食堂のメニューから離れなかった。
セリナは苦笑する。
こういうところは、どんな強敵と戦っても変わらないらしい。
しばらくすると、受付嬢が戻ってきた。
「お待たせしました。ギルドマスターがお話を聞きたいそうです。奥の部屋へお願いします」
「分かった!」
二人は受付嬢に案内され、ギルドの奥へ向かった。
部屋に入ると、ギルドマスターが机の上に広げた地図を眺めていた。
「来たか。報告は聞いた」
ギルドマスターは二人を見ると、椅子を勧めた。
「まずは護衛依頼、ご苦労だった。村で問題が起きたと聞いたが、そちらも解決したそうだな」
「荷車が壊れていたから、ちょっと手伝っただけだぞ!」
「ちょっと、か……」
ギルドマスターは苦笑した。
荷車を一人で支えたという話も、すでに受付嬢から聞いていたらしい。
「それで、問題の魔物だが……」
ギルドマスターは地図の北西に指を置いた。
「リンド村の北にある丘だな。実は、あの付近で似たような報告がいくつか上がっている」
「やっぱり、ほかにも?」
セリナが尋ねた。
「ああ。夜中に地鳴りのような音を聞いたという話や、家畜が急に落ち着かなくなったという話だ。だが、実際に巨大な魔物を見たという報告は、今のところ少ない」
「俺たちが見た魔物は、何なんだ?」
ガルドが尋ねる。
「現時点では断定できない。ただ、特徴から考えると、角を持つ大型魔物の一種だろう。ブラウンホーンに近い系統かもしれんが、体格も力も別格だったという話だな」
ギルドマスターは腕を組んだ。
「問題は、なぜあの場所に現れたのか、ということだ」
セリナが頷く。
「私たちも、そこが気になっているわ。あの魔物の周囲には、小型の魔物が逃げたような足跡があったの」
「つまり、あの大型魔物自身が周囲の魔物を追い払っていた可能性もあるわけか」
「ええ。ただ、あの魔物も何かを警戒しているように見えたわ」
ギルドマスターは、地図の上で指を滑らせた。
北の森。
東の山道。
そして、リンド村の北の丘。
それぞれの場所を結ぶように、報告の印がつけられている。
「これらの場所で、魔物の異常行動が確認されている。偶然にしては重なりすぎているな」
「何か大きな魔物が、移動しているのか?」
ガルドが尋ねる。
「その可能性はある。だが、まだ断定はできん」
ギルドマスターは首を横に振った。
「今は、無理に追跡する必要はない。お前たちが遭遇した魔物についても、追加の調査が必要だ。もし再び姿を見かけても、単独で深入りするな」
「分かった!」
ガルドは素直に返事をした。
セリナも頷く。
「新しい情報があれば、すぐに報告するわ」
「頼む。お前たちの報告は、ほかの冒険者の安全にもつながるからな」
ギルドマスターは、二人に礼を言った。
話が終わると、ガルドは勢いよく立ち上がった。
「よし! これで飯が食えるな!」
「……最初から、それが目的だったの?」
「違うぞ! 報告も大事だ!」
「はいはい」
セリナは笑いながら、彼と一緒に部屋を出た。
ギルドの食堂では、焼きたての肉料理が運ばれていた。
ガルドは席に着くなり、肉の盛り合わせを注文した。
セリナは野菜のスープとパンを頼み、向かい側に座る。
「今日はお疲れさま」
セリナがグラスを持ち上げた。
「おう! セリナもお疲れ!」
二人は軽くグラスを合わせた。
やがて料理が運ばれてくる。
ガルドはさっそく肉にかぶりついた。
「うまい!」
「本当に幸せそうね」
「うまいものを食べると元気が出るからな!」
「それは分かるけど……」
セリナはスープを口に運んだ。
温かなスープが体に染み渡る。
今日はいろいろなことがあった。
村での人助け。
丘での巨大な魔物との遭遇。
そして、ギルドで聞いた各地の異変。
気になることは増える一方だ。
それでも、こうして食事をしていると、少しだけ気持ちが落ち着いた。
「ねえ、ガルド」
「ん?」
「これからも、こういう調査が増えるかもしれないわね」
「そうだな!」
「危険な魔物と遭遇することもあると思う」
「おう!」
「……怖くないの?」
セリナは、ふと尋ねた。
ガルドは肉を飲み込んでから、少し考えた。
「怖いかどうかって言われると、強い魔物なら気をつけないとなとは思うぞ」
「うん」
「でも、セリナが一緒なら何とかなる気がする!」
「……え?」
セリナの手が止まった。
ガルドは何でもないことのように続ける。
「セリナは敵の動きをよく見てるし、俺が気づかないことも教えてくれるだろ? だから、一緒に戦うとすごく助かるんだ!」
「……そう」
セリナは視線を落とした。
頬が少し熱い。
本人はただ仲間として頼りにしているだけなのだろう。
それでも、そんなふうに言われると嬉しかった。
「私も……あなたと一緒なら、安心して戦えるわ」
「本当か!」
「ええ。だから、これからもよろしくね」
「おう! 任せろ!」
ガルドは笑顔で頷いた。
その直後、肉の皿が空になった。
「……もう食べたの?」
「おう!」
「すごいわね……」
「まだ食べられるぞ!」
「私はもう十分よ」
「じゃあ、追加は俺の分だけだな!」
セリナはとうとう声を上げて笑った。
不思議なことに、どれだけ大きな魔物と戦っても、どれだけ謎が増えても、ガルドと一緒にいると気持ちが明るくなる。
きっと、これからもそうなのだろう。
翌朝。
ガルドとセリナは、冒険者ギルドの掲示板の前に立っていた。
「今日はどの依頼にする?」
セリナが尋ねる。
「うーん……」
ガルドは腕を組み、掲示板を見渡した。
魔物の討伐。
薬草採取。
荷物運び。
街道の巡回。
いつも通り、さまざまな依頼が並んでいる。
「おっ、これなんかどうだ?」
ガルドが指さしたのは、町の鍛冶屋から出された依頼だった。
『鍛冶工房の手伝い。資材の運搬および作業補助。力仕事ができる冒険者を募集』
「鍛冶屋の手伝い?」
セリナが依頼書を読む。
「戦闘の依頼じゃないけど、たまにはこういうのもいいわね」
「おう! それに、鍛冶屋なら剣のことも聞けるかもしれない!」
ガルドは自分の背中にある大剣を振り返った。
以前、鍛冶屋の親方に調整してもらってから、剣の扱いはさらにしっくりくるようになっていた。
装備のことを知るのも、冒険者として悪くない経験になるだろう。
「じゃあ、これにしましょうか」
「決まりだな!」
二人は依頼書を受付へ持っていった。
受付嬢は内容を確認すると、少し意外そうな顔をした。
「鍛冶工房の手伝いですね。ちょうど今、工房のほうも人手が足りないそうです」
「何かあったのか?」
ガルドが尋ねる。
「詳しいことは分かりませんが、大きな荷物を運ぶ必要があるそうです。依頼主は、町の西側にある工房の親方です」
「よし、行こう!」
ガルドは元気よく歩き出した。
セリナもその後を追う。
森の異変は、まだ解決していない。
黒い鱗の魔物の正体も分からない。
けれど、冒険者の日々は、それだけでできているわけではない。
新しい依頼。
新しい出会い。
そして、時には思いもよらない出来事。
ガルドとセリナの冒険は、今日も続いていく。
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