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第28話「新人冒険者、地響きの正体を追う」

 リンド村を出発してから、しばらく。

 ガルドとセリナは、町へ続く街道を歩いていた。

「いやあ、いい村だったな!」

 ガルドは満足そうに腹をさすった。

「カブと肉の煮込み、また食べたいぞ!」

「すっかり気に入ったわね」

「おう! あのカブ、甘かったよな。肉も柔らかかったし、あの味付けもよかった!」

「はいはい。次に村へ行ったら、また食べさせてもらいましょう」

 セリナは笑いながら答えた。

 村人たちに感謝され、うまい料理まで食べられた。

 ガルドにとっては、文句のつけようがない一日だった。

 ただし、セリナの頭には、村を出る直前に聞いた話が残っていた。

 北の丘で聞こえる奇妙な音。

 夜になると地面が揺れること。

 そして、猟師が見つけた見慣れない魔物の足跡。

「ねえ、ガルド」

「ん?」

「マルコさんの話、気になるわね」

「ああ。北の丘のことか?」

「ええ。最近の魔物の異常行動と関係があるかもしれない」

 ガルドは街道の北側へ目を向けた。

 遠くには、なだらかな丘が連なっている。

 草原と雑木林が広がる、どこにでもありそうな景色だ。

「ちょっと見に行ってみるか?」

「今から?」

「気になるだろ?」

「気になるけど、もう夕暮れに近いわ。何がいるか分からない場所を、暗くなってから調べるのは危険よ」

「……それもそうだな」

 ガルドは素直に頷いた。

 以前なら、気になった場所へそのまま突っ込んでいたかもしれない。

 しかし、今はセリナと一緒に依頼をこなすようになり、少しずつ周囲を確認することも覚えてきた。

 もっとも、腹が減るとそのあたりが怪しくなるのだが。

「じゃあ、今日は町に戻って報告。それから明日、改めて調べよう!」

「そうね。それがいいわ」

 二人は再び街道を歩き始めた。

 その直後だった。

 ――ゴゴゴゴ……。

 地面の奥から、低い音が響いた。

 二人の足が止まる。

「……今の音」

 セリナが北の丘を振り返った。

 草原の向こうで、鳥の群れが一斉に飛び立っている。

 風はほとんど吹いていない。

 それなのに、丘の斜面に生えた木々が大きく揺れていた。

「地震か?」

 ガルドが呟く。

「いいえ……地面そのものが揺れたというより、何か大きなものが動いたような……」

 セリナは目を細めた。

 そして、丘の中腹にある雑木林を指さした。

「あそこ!」

 木々の間を、何かが横切った。

 灰色の影。

 しかも、一つではない。

 小さな影がいくつも走り抜け、その後ろから、ひときわ大きな影が姿を現した。

 大きな影が動くたび、木々が揺れている。

「……魔物か」

 ガルドの表情が引き締まった。

「どうする?」

 セリナは少し考えたあと、街道脇に置かれた岩を確認した。

「まずは近くまで行って、様子を見ましょう。ただし、相手が強そうなら無理はしないこと。戦うとしても、街道から離れた場所でね」

「分かった!」

 こうして二人は、街道を外れ、北の丘へ向かった。


 丘の麓にたどり着くと、異変はすぐに見つかった。

 地面に、無数の足跡が残されていたのだ。

 小さなものから、大人の人間よりも大きなものまである。

 草は踏み倒され、細い木の幹には新しい傷がついていた。

「かなりの数が通ったみたいね……」

 セリナがしゃがみ込み、足跡を確認する。

「この小さい足跡は、さっき街道で出てきたグラスファングに似ているわ。でも、こっちの大きな足跡は違う」

「でかいな!」

 ガルドは大きな足跡の横に自分の靴を並べた。

 足跡は、ガルドの靴がすっぽり入ってしまいそうなほど大きい。

「これだけ大きいと、かなり体重がありそうね」

「強そうだな!」

「楽しそうに言わないの!」

「いや、だって強い相手なら、戦ってみたくなるだろ?」

「気持ちは分かるけど、今回は調査よ!」

 セリナが釘を刺す。

 ガルドは少し残念そうにしながらも、頷いた。

 二人は足跡を追って、丘の斜面を登っていった。

 やがて、雑木林の中に開けた場所が見えてきた。

 そこには、根元から折れた木が何本も転がっていた。

 地面には深い溝が走り、大きな岩の一つが横倒しになっている。

「これは……」

 セリナの顔から笑みが消えた。

 ただの魔物が暴れただけとは思えない。

 何かが、この場所で激しく動き回ったようだった。

「ガルド、あれを見て」

 彼女が指さした先には、岩肌が露出した斜面があった。

 その岩には、何本もの深い傷が刻まれている。

 鋭い爪で引っかいたような傷。

 しかも、かなり高い位置にまで続いていた。

「大きな魔物の爪痕か?」

「そうかもしれない。でも、こんなに深く岩を削るなんて……」

 セリナが言いかけた、そのとき。

 ――ドンッ!

 突然、地面が揺れた。

 足元の小石が跳ね、木々の葉がざわめく。

「うおっ!?」

 ガルドが体勢を立て直す。

「近いわ!」

 セリナが弓を構えた。

 直後、雑木林の奥から、何かが木を押し倒す音が響いた。

 バキバキバキッ!

 一本の木が大きく傾き、地面へ倒れ込む。

 その向こうから現れたのは、巨大な魔物だった。

 灰色の体毛。

 太い四本の脚。

 頭部には、左右に湾曲した二本の角が生えている。

 体格は、以前戦ったブラウンホーンよりも大きい。

 肩の高さだけでも、人間の背丈を大きく超えていた。

「でかっ……!」

 ガルドが思わず声を上げた。

 魔物は二人を見つけると、低い唸り声を上げた。

 その足元では、小型の魔物たちが慌てて逃げていく。

 どうやら、この巨大な魔物から逃げてきたらしい。

「やっぱり、何かに追われていたのね……!」

 セリナが呟いた。

 巨大な魔物は前脚で地面を掻き、頭を低くした。

 その角が、二人へ向けられる。

「来るわ!」

「おう!」

 次の瞬間、巨大な魔物が突進してきた。


 ドドドドドッ!

 大地を揺らしながら、巨大な魔物が迫る。

 正面から受け止めれば、ガルドでも簡単には済まないだろう。

「セリナ、右へ!」

「分かった!」

 二人は左右へ分かれた。

 魔物はそのまま突進し、二人が立っていた場所を通り過ぎる。

 角が岩にぶつかり、激しい音が響いた。

 岩の表面が砕け、破片が周囲へ飛び散る。

「岩まで壊すのかよ!」

「感心している場合じゃないわ!」

 セリナはすかさず弓を引いた。

 放たれた矢が魔物の前脚近くへ飛ぶ。

 矢は硬い毛並みに弾かれたものの、魔物の注意を引くことには成功した。

 魔物がセリナへ顔を向ける。

 その隙に、ガルドが側面へ回り込んだ。

「よし、今だ!」

 大剣を振り抜く。

 刃は魔物の肩口を捉えた。

 しかし、硬い毛と筋肉に阻まれ、思ったほど深くは入らない。

「おお、硬いな!」

 魔物が大きく体を振る。

 ガルドはすぐに距離を取った。

 次の瞬間、太い前脚が地面を叩く。

 土が跳ね上がり、ガルドの足元が崩れた。

「うおっ!」

 ガルドは後ろへ飛び退き、体勢を立て直した。

「ガルド! 正面からの攻撃は通りにくいわ!」

「分かった! じゃあ、別のところを狙う!」

 ガルドは大剣を握り直した。

 その様子を見て、セリナは魔物の動きを観察する。

 巨体のわりに動きは速い。

 だが、突進した直後には、必ず体勢を整えるためのわずかな隙が生まれている。

「ガルド! 次に突進してきたら、私が足元を狙うわ!」

「おう!」

「あなたは、横へ回り込んで!」

「任せろ!」

 魔物が再び頭を低くした。

 地面を掻く前脚。

 大きく揺れる二本の角。

 そして、猛烈な勢いで迫る巨体。

「今よ!」

 セリナが矢を放つ。

 矢は魔物の前脚の近くへ突き刺さり、わずかに進路を乱した。

 その瞬間、ガルドは正面から飛び退くのではなく、魔物の進路に対して斜めに踏み込んだ。

 巨大な体が通り過ぎる。

 ガルドはその横へ回り込み、両手で大剣を振り上げた。

「これならどうだ!」

 下から上へ、豪快な一撃。

 大剣が魔物の胴体を捉えた。

 巨体が大きく浮き上がり、数メートル先へと吹き飛ばされる。

 地面に着地した魔物は、勢い余って草地を滑った。

 土煙が舞い上がる。

「……すごい」

 セリナは思わず呟いた。

 あれほどの巨体を吹き飛ばすなんて。

 普通の冒険者なら、何人がかりでも難しいだろう。

 しかし、ガルドは大剣を肩に担ぎ直し、魔物を見つめていた。

「よし! 今のは効いたみたいだな!」

 魔物はすぐには起き上がらなかった。

 やがて、ゆっくりと立ち上がろうとしたものの、足元がふらつく。

 しばらく二人を睨みつけていたが、やがて低く唸ると、雑木林の奥へと退いていった。

 倒すことはできなかった。

 けれど、追い払うことには成功したようだ。

「追わないわよ、ガルド」

「分かってる!」

 ガルドは大剣を背負い直した。

「……ちょっとだけ、追いかけたかったけどな」

「聞こえてるわよ!」


 魔物が去ったあと、二人は周囲を確認した。

 倒れた木。

 砕けた岩。

 深くえぐれた地面。

 そして、魔物が現れた場所から奥へ続く、大きな足跡。

「さっきの魔物、何かから逃げていたのかしら……」

 セリナが呟いた。

「小さい魔物たちも、あいつから逃げていたんだろ?」

「そう見えたわ。でも、あの魔物自身も、何かに追われていた可能性はある」

 セリナは足跡を見つめた。

 巨大な魔物が現れた方向。

 そこには、古い岩場が広がっていた。

 岩肌には、以前見つけたものとよく似た、深い引っかき傷が残っている。

「……あの傷」

 セリナが近づき、岩を確認した。

「前に見つけた黒い鱗のこと、覚えてる?」

「ああ。ギルドで鑑定してもらったやつだな」

「ええ。あの鱗の持ち主が、何か関係しているのかもしれない」

 ガルドも岩場を見渡した。

 しかし、黒い鱗を持つ巨大な魔物の姿は見当たらない。

 代わりに、岩場の奥から、かすかな音が聞こえてきた。

 ――ゴゴゴゴ……。

 二人は顔を見合わせた。

 地鳴りのような音。

 遠くから響いているようにも、地面の下から聞こえているようにも感じられる。

「……今日はここまでね」

 セリナが言った。

「これ以上進むのは危険だわ。さっきの魔物だけでも、十分な情報が得られたもの」

「そうだな!」

 ガルドは素直に頷いた。

 今度は、無理に先へ進もうとはしなかった。

 二人は足跡や岩の傷を確認できる範囲で記録し、来た道を引き返した。

 丘を下りる途中、ガルドがふと口を開いた。

「なあ、セリナ」

「何?」

「あの魔物、肉はうまいのかな?」

「……そこに戻るの?」

「だって、あんなに大きかったんだぞ!」

「食べる前に、まず正体を調べなさい!」

「分かった!」

 ガルドは元気よく返事をした。

 その返事が本当に分かっているのかどうかは、セリナにも怪しかった。

 それでも、彼女の口元には笑みが浮かんでいた。

 二人は夕暮れの街道へ戻った。

 だが、彼らが立ち去った丘の奥では、再び低い地鳴りが響いていた。

 そして、岩場のさらに向こう。

 黒い鱗に覆われた巨大な影が、ゆっくりと頭を持ち上げた。

 その視線の先には、ガルドたちが戦った灰色の魔物が残した足跡が続いていた。

 巨大な影は、しばらくその跡を見つめていた。

 やがて、低い唸り声が岩場に響く。

 ――まだ、何かが起きようとしている。

 そのことを知る者は、まだ誰もいなかった。

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