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第31話「新人冒険者、料理祭りで思わぬ勝負を挑まれる」

 鍛冶屋での仕事を終えた翌日。

 ガルドとセリナは、朝から町の中央広場を歩いていた。

「いやあ、昨日の肉料理はうまかったな!」

「そうね。おいしかったわね」

「特に最後に食べた串焼き! あれ、もう十本くらい食べたかったな!」

「……十本?」

 セリナは思わず足を止めた。

「あなた、昨日いったい何本食べたと思ってるの?」

「えーっと……二十本くらい?」

「もっとよ!」

「そうだったか?」

 ガルドは首をかしげた。

 セリナは小さくため息をついた。

 昨日の食堂では、肉料理を次々と注文するガルドに店員が驚き、最後には厨房の料理人まで顔を出していた。

 それでもガルドは、最後まで幸せそうに食べ続けていたのだ。

「まあ、今日は依頼を受ける前に町を少し見て回りましょう」

「おっ、いいな! 何かうまいものでもあるのか?」

「それもあるかもしれないけど……」

 セリナが言いかけた、そのときだった。

「さあ、寄っていってくれ! 今日は年に一度の料理祭りだ!」

 広場の向こうから、威勢のいい声が響いてきた。

 色とりどりの旗が飾られ、あちこちに屋台が並んでいる。

 焼いた肉の香ばしい匂い。

 煮込み料理の湯気。

 甘い焼き菓子の香り。

 そして、広場の中央には大きな木製の舞台が設置されていた。

 ガルドの足がぴたりと止まる。

「……料理祭り?」

 その目が、見る見るうちに輝いた。

「セリナ!」

「はいはい、わかってるわよ」

「行こう!」

「まだ何も言ってないんだけど……」

 セリナが苦笑している間に、ガルドは広場へ向かって歩き出していた。

 いや、歩くというより、肉の匂いに引き寄せられているようだった。


 広場には、普段以上に多くの人が集まっていた。

 屋台では料理が販売されているだけでなく、料理人たちが自慢の一品を競い合っている。

 大きな鍋で煮込まれた肉料理。

 香草をたっぷり使った焼き鳥。

 香ばしく焼き上げられた厚切り肉。

 見ているだけで腹が鳴りそうな料理ばかりだった。

「おおお……!」

 ガルドは屋台を見渡し、感動したように声を漏らした。

「すごいな! 肉ばっかりだ!」

「野菜料理もあるわよ?」

「もちろん野菜もうまいぞ! でも、肉はもっといい!」

「はいはい」

 セリナは笑いながら、近くの屋台をのぞき込んだ。

 そこでは、串に刺した肉を炭火で焼いていた。

「これ、おいしそうね」

「おおっ! 買おう!」

 ガルドはすぐに銀貨を取り出した。

 二人で串焼きを買い、近くの長椅子に腰を下ろす。

 焼きたての肉にかぶりついたガルドは、満面の笑みを浮かべた。

「うまい!」

「ふふっ。そんなにおいしそうに食べられると、こっちまで嬉しくなるわね」

「だって、うまいものはうまいだろ!」

「それはそうね」

 セリナも串焼きを口に運んだ。

 肉汁が広がり、香草の香りが鼻を抜ける。

 確かに、これはおいしい。

 ガルドが夢中になるのもわかる気がした。

 ……もっとも、彼の場合は料理がおいしいという理由だけではなさそうだが。

「なあ、セリナ。あっちの屋台も気になるぞ!」

「もう次なの?」

「だって、あそこは煮込み料理だ! こっちは焼き肉! 向こうには何か揚げたものもある!」

「全部食べるつもり?」

「できれば!」

 セリナは額に手を当てた。

「……今日は依頼を受ける予定だったのに」

「大丈夫だ! 食べたらちゃんと働くぞ!」

「その言葉、信じていいのかしら?」

「もちろん!」

 ガルドは胸を張った。

 その自信に満ちた顔を見て、セリナはとうとう吹き出してしまった。

「わかったわ。せっかくだから、少し楽しみましょう」

「よし!」

 二人は再び屋台巡りを始めた。


 しばらくして。

 ガルドが三軒目の屋台で大きな肉の塊を買おうとしたとき、広場の中央からひときわ大きな歓声が上がった。

「おおっ! 何だ?」

 ガルドは肉を持ったまま振り向いた。

 舞台の上では、料理祭りの主催者らしい男性が大きな声で話していた。

「さあ、今年もやってきたぞ! 料理祭り名物、特別企画!」

 男性の背後には、巨大な鍋が置かれている。

 その隣には、大きな木箱がいくつも積み上げられていた。

「町の料理人たちが腕によりをかけた特製料理! そして、その材料となる大量の肉! 今年も最後まで食べきれる挑戦者を募集する!」

 その言葉を聞いた瞬間。

 ガルドの動きが止まった。

「……食べきれる?」

 セリナは嫌な予感がした。

「ガルド。まさか……」

「俺、参加したい!」

「やっぱり!」

 セリナは思わず叫んだ。

 舞台の前には、挑戦者を募集する看板が立っている。

 説明によると、参加者は料理人たちが用意した肉料理を順番に食べていく。

 最後まで食べ続け、規定の料理をすべて完食した者には、優勝賞品が贈られるらしい。

 今年の賞品は、町の有名な肉屋が提供する特製肉の詰め合わせ。

 しかも、かなりの量がある。

 ガルドは看板を読み終えると、ゆっくりとうなずいた。

「……これは、参加するしかないな」

「何が『参加するしかない』なのよ!」

「だって、優勝したら肉がもらえるんだぞ!」

「理由が予想どおりすぎるわ!」

 セリナは頭を抱えた。

 しかし、ガルドの目はすでに舞台へ向いている。

 どうやら、誰が何と言おうと参加する気らしい。

「よし! 行ってくる!」

「ちょっと、ガルド!」

 セリナが呼び止める間もなく、ガルドは受付へ向かってしまった。

「挑戦者は、君か?」

 受付の男性が、ガルドの大剣を見て少し驚いた顔をした。

「ああ! よろしく頼む!」

「冒険者のようだが……食べる量には自信があるのか?」

「肉なら、いくらでも!」

「ははは! 頼もしいな!」

 受付の男性は笑い、参加用の札を渡した。

 そのとき、隣から低い声が聞こえてきた。

「おいおい。こんな若造が参加するのか?」

 振り向くと、がっしりした体格の男が立っていた。

 腕は太く、腹回りにも厚みがある。

 料理祭りの参加者らしい。

 男はガルドを上から下まで眺めると、にやりと笑った。

「食べるってのは、ただ腹に詰め込めばいいってもんじゃねえぞ。最後まで食べ続ける根性が必要なんだ」

「そうなのか?」

「そうだ。俺は去年も参加してな。惜しいところまでいったんだ。今年こそ優勝してやるぜ」

「へえ、すごいな!」

 ガルドは素直に感心した。

 男は少し調子を崩したようだった。

「……お、おう。まあな」

「じゃあ、いい勝負ができそうだな!」

「なっ……!」

 男の顔が赤くなった。

「おもしれえ! その余裕、いつまで続くか見ものだな!」

「よくわからんが、よろしくな!」

 ガルドは笑顔で手を差し出した。

 男は一瞬戸惑ったが、結局その手を握り返した。

「俺はバートだ! 負けねえからな!」

「俺はガルドだ! よろしく!」

 こうして、ガルドは思いがけずライバルを得たのだった。

 少し離れた場所では、セリナがその様子を見守っていた。

「……あの人、絶対に勝負だと思ってるわね」

 ガルドはただ、うまい肉が食べられることを楽しみにしているだけなのだが。


 そして、料理祭りの特別企画が始まった。

「挑戦者、全員準備はいいか!」

 主催者の声に、広場が沸き立つ。

 舞台の上には、ガルドを含む十人の挑戦者が並んでいた。

 目の前には、最初の料理が置かれている。

 大きな皿に盛られた、香草焼きの肉。

 食欲をそそる香りが広がっていた。

「それでは、第一皿目! 始め!」

 合図と同時に、挑戦者たちが一斉に食べ始めた。

 ガルドは肉を一切れつまむと、大きく口を開けた。

 もぐもぐ。

 ごくん。

「うまい!」

 そして、次の一切れへ。

 もぐもぐ。

 ごくん。

「これ、香草が効いてるな!」

 さらに次。

 周囲の挑戦者たちが必死に食べ進める中、ガルドだけは料理の味を楽しんでいた。

「おお、いい焼き加減だ! 外は香ばしいのに、中は柔らかい!」

 実況役の男性が、思わず声を上げた。

「おっと、あの若い挑戦者! 食べるのが速いだけではない! 料理の味までしっかり楽しんでいるぞ!」

 観客たちが笑いながら拍手を送る。

 セリナは舞台の下で、呆れたように頬を押さえていた。

「……あの人、本当に何をやってもガルドなのね」

 第一皿目が終わる頃には、すでに何人かの挑戦者が苦しそうな顔をしていた。

 だが、ガルドは平然としている。

「次は何だ?」

 その声に、実況役が勢いよく答えた。

「第二皿目は、じっくり煮込んだ特製肉のシチューだ!」

「おおっ!」

 ガルドの目が輝いた。

 大きな器に、柔らかく煮込まれた肉がたっぷり入っている。

 湯気とともに、濃厚な香りが漂ってきた。

「いただきます!」

 ガルドはスプーンを手に取った。

 一口食べる。

 その瞬間、顔がぱっと明るくなった。

「うまっ! これ、肉がとろとろだ!」

 観客席から笑い声が上がった。

 バートも負けじと食べ進めている。

「くっ……! うまい! だが、俺は負けねえ!」

 彼もまた、肉料理を愛する男だった。

 ガルドとバート。

 二人の食べっぷりに、観客たちの視線が集まっていく。

 やがて第三皿目、第四皿目へと進み、挑戦者は少しずつ減っていった。

 それでもガルドは変わらない。

「次は何だ?」

 そのたびに、目を輝かせる。

 セリナはもはや止める気もなくなっていた。

「……優勝したら、夕飯も食べるつもりなのかしら」

 そのつぶやきに、隣で見ていた女性が笑った。

「お連れさん、すごいですねえ。あんなに食べて、まだ余裕そう!」

「ええ……まあ、そうなんです」

 セリナは苦笑した。

 そして、ふと気づいた。

 ガルドは確かに大量に食べている。

 だが、決して無理をしているようには見えなかった。

 一皿一皿を楽しみ、料理人たちの工夫にも気づいている。

 ただ量を競っているだけではないのだ。

 料理を作った人にとっても、あれだけ楽しそうに食べてもらえるのは嬉しいことだろう。

 舞台の端では、料理人たちが満足そうに顔を見合わせていた。


「さあ、残る挑戦者は二人!」

 実況役の声が広場に響き渡った。

 ガルドとバート。

 最後まで残ったのは、この二人だった。

 バートは額に汗を浮かべながら、目の前の皿を見つめている。

「くっ……! まさか、ここまで残るとは……!」

「バート、すごいな!」

 ガルドは心から感心したように言った。

「お前もな……! だが、次が最後の料理だ!」

 舞台の中央へ、大きな皿が運ばれてきた。

 その上に盛られているのは、厚切りの肉を香ばしく焼き上げた特製ステーキ。

 添えられたソースから、甘辛い香りが漂ってくる。

「最後の料理は、料理祭り特製の大判ステーキだ! これを完食した者が優勝となる!」

 観客たちの歓声が、一段と大きくなった。

 ガルドはステーキを見つめた。

 そして、ゆっくりと笑みを浮かべた。

「……これが最後か」

「ああ。ここまで来たら、どっちが勝っても恨みっこなしだぜ!」

「もちろんだ!」

 二人は顔を見合わせた。

「それでは、最後の勝負! 始め!」

 合図と同時に、二人が食べ始める。

 バートは経験を生かし、一定のペースで食べ進めた。

 ガルドもまた、ステーキを切り分け、口へ運んでいく。

「うまい……!」

 思わず漏れた声に、観客たちが笑った。

 ガルドは最後まで楽しそうだった。

 やがてバートの皿が空になる。

「よしっ……! 食べきったぞ!」

 歓声が上がった。

 だが、その直後。

「ごちそうさま!」

 ガルドも最後の一切れを飲み込み、皿を空にした。

 一瞬、広場が静まり返る。

 そして――。

「優勝は、ガルドだあああっ!」

 実況役の叫びとともに、広場が大歓声に包まれた。

「やったあああっ!」

 ガルドは両手を上げて喜んだ。

「肉だ! 特製肉の詰め合わせだ!」

 その言葉に、観客たちは大笑いした。

 バートは肩で息をしながら、ガルドを見つめていた。

 やがて、悔しそうに笑う。

「……負けたぜ。お前、いったいどんな胃袋してるんだ?」

「ん? 普通だぞ?」

「普通じゃねえよ!」

 二人は顔を見合わせて笑った。

 バートはガルドの肩を叩いた。

「来年も出るからな! 次は負けねえぞ!」

「おう! また一緒に食べようぜ!」

「勝負の話だ!」

「わかってるって!」

 ガルドの返事に、また笑い声が起こった。


 料理祭りが終わる頃には、空が少しずつ夕焼けに染まり始めていた。

 ガルドは優勝賞品の大きな包みを抱えている。

 中には、さまざまな種類の肉がたっぷり入っていた。

「いやあ、最高の一日だったな!」

「そうね。私も楽しかったわ」

 セリナは微笑んだ。

「でも、さすがに食べすぎじゃない?」

「そうか? まだ夕飯も食べられるぞ!」

「……本当に?」

「もちろん!」

 ガルドは自信満々にうなずいた。

 セリナはあきれたように笑い、それから彼の抱える包みを見た。

「そのお肉、どうするの?」

「宿に持って帰って、料理してもらおうと思ってる!」

「全部?」

「できればな!」

「ふふっ。じゃあ、私にも少し分けてね」

「もちろんだ! セリナも一緒に食べよう!」

 ガルドは当たり前のように答えた。

 セリナは一瞬だけ目を丸くしたあと、柔らかく微笑んだ。

「……うん。楽しみにしてるわ」

 二人は並んで、宿へと向かった。

 今日も特別な冒険があったわけではない。

 魔物を倒したわけでも、危険な遺跡を探索したわけでもない。

 ただ町を歩き、おいしいものを食べ、思いがけない勝負に参加しただけだ。

 それでも、ガルドにとっては十分に楽しい一日だった。

 そしてセリナにとっても。

 隣を歩く彼が、心から楽しそうに笑っている。

 それだけで、今日という一日が少し特別なものに感じられた。

「なあ、セリナ!」

「何?」

「明日は何を食べようか!」

「……もう明日の話?」

「だって、楽しみだろ!」

 セリナは夕焼けの空を見上げ、くすりと笑った。

「そうね。明日は、今日とは違うお店に行ってみましょうか」

「よっしゃ!」

 ガルドの元気な声が、夕暮れの町に響いた。

 こうして二人の休日は、最後まで賑やかに過ぎていったのだった。

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Web小説書いてます。最強・ファンタジー・冒険・ほのぼの・飯テロが好き。Xアカウントはこちら→

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