翌朝。
「よし! 準備は万全だな!」
ガルドは大剣を背負い、両手を腰に当てて満足そうにうなずいた。
その隣では、セリナが荷物を確認し、エリシアが古びた羊皮紙を広げている。
「水、食料、回復薬、予備の矢……うん。忘れ物はなさそうね」
「魔力回復薬も持ちました。昨日の資料もありますし、今日は遺跡の奥まで調べられるはずです」
「おう。行こう!」
ガルドが勢いよく歩き出す。
「待って。まだ地図をしまってないから!」
セリナに呼び止められ、ガルドはぴたりと止まった。
「おっと。悪い!」
その様子を見て、エリシアは小さく笑った。
「ふふっ。お二人は、いつもこんな感じなんですか?」
「ええ。だいたいね」
「褒めてるのか?」
「さあ、どうでしょう」
セリナは涼しい顔で歩き始めた。
ガルドは首をかしげたものの、深く考えるのはやめた。
考えたところで答えが出るとは限らない。
それより、今日は何が待っているのか。
そちらのほうが、ずっと楽しみだった。
山道を進み、三人は昨日訪れた古代遺跡へと戻ってきた。
石造りの階段を下り、守護像が眠る大広間を抜ける。
その奥には、昨日は開かなかった二枚目の扉がそびえていた。
扉には、剣を構える人物と巨大な獣の絵が刻まれている。
そして、その下には古代文字が並んでいた。
「ええと……」
エリシアは文字を確かめながら、ゆっくりと読み上げる。
「『力を示す者ではなく、力を制御する者に道を開く』……」
「力を制御?」
ガルドは自分の腕を見下ろした。
「つまり、力いっぱい押すのは駄目ってことか?」
「そういうことだと思います。たぶん」
扉の左右には、三つのくぼみがある。
ひとつには魔法陣。
ひとつには円盤状の金属板。
そして最後のひとつには、剣を掲げた人物の絵が刻まれていた。
「三つの仕掛けを同時に動かす必要があるみたいです」
エリシアが魔法陣を調べる。
「私が魔力を流します。セリナさんは、そちらの金属板をお願いします」
「わかったわ」
「俺は?」
「ガルドさんは……その絵の前で待っていてください」
「おう!」
ガルドは素直にうなずき、大剣を背中から下ろした。
エリシアが魔法陣に触れる。
青白い光が走り、扉の内部で何かが動く音がした。
続いて、セリナが金属板を回す。
カチリ。
別の場所からも音が響いた。
「ガルドさん! 剣を掲げてみてください!」
「よし、任せろ!」
ガルドは大剣を両手で持ち上げた。
剣身が天井の光を受け、扉に刻まれた絵の上を照らす。
その瞬間だった。
最後のくぼみに、金色の光が灯った。
ゴゴゴゴゴ……!
重い音とともに、石の扉がゆっくりと開いていく。
「開きました……!」
エリシアの声が弾んだ。
「俺、剣を持ち上げただけだぞ!」
「それが必要だったんでしょうね」
セリナは笑いながら、大剣をしまうガルドを見た。
「でも、今度は本当に何も壊さなかったわね」
「俺だって、やるときはやるんだぞ」
「はいはい。期待してるわ」
「絶対、信じてないだろ!」
そんなやり取りをしながら、三人は扉の向こうへ足を踏み入れた。
その先に広がっていたのは、巨大な円形の部屋だった。
壁には複数の金属板が埋め込まれ、床には複雑な魔法陣が描かれている。
部屋の中央には、いくつもの輪が重なった奇妙な装置が浮かんでいた。
その真下には、黒ずんだ結晶が据えられている。
「これは……!」
エリシアは思わず駆け寄りかけ、慌てて足を止めた。
「近づく前に調べたほうがいいわね」
セリナの言葉に、彼女はこくりとうなずく。
「はい。魔力の流れを確認します」
エリシアが杖を掲げる。
淡い光が装置の周囲を走り、空中に古代文字が浮かび上がった。
「やっぱり……! これは、物質に魔力を通して性質を強化するための装置です!」
「物質を強化?」
ガルドが首をかしげる。
「たとえば武器なら、壊れにくくしたり、魔法を通しやすくしたり。建物や橋、農具にも応用できる可能性があります」
「すごいな! 畑の道具も強くなるのか!」
「ええ。もし仕組みを持ち帰れれば、いろいろな分野に役立つかもしれません」
エリシアの声には、抑えきれない興奮がにじんでいた。
しかし、そのとき。
ピシッ。
小さな音が部屋に響いた。
「……今の音、何?」
セリナが弓を構える。
中央の黒い結晶に、細い亀裂が走っていた。
次の瞬間、装置の輪が勢いよく回転を始める。
ゴォォォン!
床の魔法陣が赤く光り、部屋全体が激しく揺れた。
「きゃっ!」
倒れかけたエリシアを、ガルドが支える。
「す、すみません! 装置が勝手に動き始めています!」
「止められないのか?」
「制御盤が……あそこです!」
エリシアが壁を指さした。
そこには三つの金属製の操作盤が並んでいる。
だが、中央の装置から伸びる光の筋が操作盤を行き来し、触れるたびに火花を散らしていた。
「三つの制御盤を同時に動かせば、装置を停止できるはずです! でも、魔力の流れが乱れています。このままだと、何が起こるかわかりません!」
「つまり、急いで止めればいいんだな!」
「簡単に言わないでください!」
「でも、やらなきゃまずいんだろ?」
ガルドはにっと笑い、大剣を握り直した。
「だったら、やるしかない!」
セリナは一瞬だけ目を丸くし、それから小さく笑った。
「……そうね。エリシアと私が左右を担当するわ。ガルドは中央をお願い」
「了解!」
三人は同時に走り出した。
セリナは左の操作盤へ飛び込み、弓を背負って金属板に手をかけた。
「これ、押すんじゃなくて回すのね……!」
だが、金属板はびくともしない。
「くっ……!」
装置がさらに激しく振動し、足元の石片が跳ね上がる。
セリナは体勢を低くして踏ん張った。
「こんなところで、止まってられないわよ!」
全身の力を込める。
ギギギッ……!
金属板が少しずつ回り始めた。
一方、エリシアは右の操作盤に杖を当てていた。
「魔力の流れを……ここで切り替えて……!」
複雑な古代文字が次々と浮かび上がる。
ひとつ間違えれば、装置がさらに暴走するかもしれない。
それでも彼女は目をそらさなかった。
「お願い……間に合って!」
そして、ガルドは中央の操作盤へ到着した。
そこには、歪んだ金属のふたが取りつけられていた。
「これを開ければいいのか?」
引っ張ってみる。
びくともしない。
「……頑丈だな」
ガルドは大剣を横にして、剣先を金属のふたの隙間へ差し込んだ。
「よいしょっと!」
大剣をてこのように使い、力を込める。
ギギギギギッ!
ふたが大きく歪み、ついには外れた。
「開いた!」
内部には、赤く点滅する円形の部品があった。
その中央に、押し込めそうな突起がある。
「これを押せばいいんだな!」
ガルドが手を伸ばした瞬間。
装置の中央から、巨大な影が飛び出した。
「危ない!」
セリナの叫びと同時に、石の守護像が床へ着地する。
昨日倒したものと同じ形だ。
だが、今度の守護像は全身に赤い光をまとい、動きも格段に速かった。
「また出たんですか!?」
エリシアが悲鳴を上げる。
守護像はガルドへ向かって腕を振り下ろした。
「おっと!」
ガルドは大剣を盾のように構え、攻撃を受け止める。
ドォンッ!
足元の石が砕け、ガルドの靴が床を滑った。
「昨日のやつより力が強いな!」
「感心してる場合じゃないでしょう!」
セリナが矢を放つ。
矢は守護像の肩に当たり、赤い光を一瞬だけ乱した。
「エリシア! この守護像、さっきの装置とつながってるの!?」
「おそらく! 装置を止めない限り、動き続けるはずです!」
「なら、こっちで引きつけるわ!」
セリナは守護像の側面へ回り込み、矢を放ちながら注意を引く。
守護像がそちらへ向き直った隙に、ガルドは大剣を振り上げた。
「こっちだ!」
刃ではなく、剣の腹を叩きつける。
ガァンッ!
守護像の巨体が横へよろめいた。
しかし、倒れない。
守護像は体勢を立て直すと、今度は両腕を広げ、周囲の魔力を吸い上げ始めた。
「まずいです! 装置の魔力が、守護像に集まっています!」
エリシアが叫ぶ。
「ガルドさん! 胸の赤い紋章を狙ってください! そこが魔力の通り道です!」
「よし、わかった!」
ガルドは大剣を握り直した。
守護像が腕を振るう。
ガルドは一歩踏み込み、攻撃を紙一重でかわした。
そのまま、足元を蹴って跳び上がる。
「これで――どうだ!」
大剣が唸りを上げた。
狙うのは、胸の紋章。
ドゴォォンッ!
剣の腹が直撃し、赤い光が大きく弾けた。
守護像の動きが止まる。
同時に、エリシアが右の操作盤を押し込み、セリナが左の金属板を最後まで回した。
「ガルドさん! 今です!」
「おうっ!」
ガルドは中央の突起を力いっぱい押し込んだ。
カチン。
ほんの小さな音だった。
だが、その直後。
装置の回転が止まった。
赤く染まっていた魔法陣が、ゆっくりと青白い光へ戻っていく。
守護像は腕を上げた姿勢のまま動きを止め、その場に膝をついた。
そして、静寂が訪れた。
「…………」
三人はしばらく、誰も動かなかった。
「……止まった?」
セリナが慎重に尋ねる。
エリシアは装置の魔力を確認し、何度もうなずいた。
「はい……止まりました。魔力の流れも安定しています」
「よし!」
ガルドが大剣を掲げた。
「やったな、二人とも!」
「あなた、途中から守護像と力比べしてたでしょう……」
「ちゃんと止めただろ?」
「そうだけど!」
セリナは呆れたように息をつきながらも、笑顔を隠せなかった。
エリシアも、胸をなで下ろす。
「お二人がいなかったら、どうなっていたか……本当にありがとうございます」
「いや、俺一人だったら、どこを押せばいいのかわからなかったぞ」
ガルドはあっさりと言った。
「セリナが敵を引きつけてくれたし、エリシアが止め方を見つけてくれたからな。三人だったからできたんだ!」
その言葉に、エリシアは目を丸くした。
セリナも一瞬だけ彼を見つめ、それから照れ隠しのように視線をそらす。
「……まあ、今回はいい連携だったわね」
「だろ?」
ガルドは満面の笑みを浮かべた。
装置が停止したあと、三人は改めて部屋を調べた。
エリシアが古代文字を読み解いていくと、この施設が何のために造られたのかが、少しずつ明らかになった。
「やはり、魔力を利用して物質を強化する研究施設だったようです」
彼女は羊皮紙に内容を書き留めながら説明した。
「ただ、装置の中心にある結晶が不安定になり、制御が難しくなった。それで施設を停止させ、守護像に立ち入りを防がせたのでしょう」
「じゃあ、宝物とかはないのか?」
ガルドが部屋を見回す。
「ガルド……」
「いや、ほら! 古代遺跡だぞ? 剣とか、金銀財宝とか!」
「研究資料が残っているだけでも、大発見ですよ!」
エリシアが少し頬を膨らませた。
「この技術が正しく研究されれば、武器だけでなく、農具や建築物にも応用できるかもしれないんです。人々の暮らしを変える可能性だってあります!」
「おお……!」
ガルドは真剣な顔でうなずいた。
「つまり、畑を耕す道具が丈夫になるんだな!」
「……ええ、そういうことです」
「それはすごい!」
エリシアは一瞬きょとんとしたあと、くすりと笑った。
彼にとっては、世界を変えるかもしれない技術も、毎日の暮らしを支える道具も、どちらも同じくらい大切なのだろう。
セリナも小さく微笑んだ。
「あなたらしいわね」
「ん? 何がだ?」
「何でもないわ」
エリシアは研究資料を丁寧にまとめ、顔を上げた。
「この記録を街の研究者たちに届けます。危険な装置を再び動かさないようにすることも含めて、きちんと報告しないと」
「そうね。ここはもう安全だとしても、勝手に触られたら困るもの」
セリナが周囲を確認する。
装置は完全に停止し、守護像も動かない。
遺跡の謎は、ひとまず解き明かされた。
古代の人々が何を研究し、なぜ施設を閉ざしたのか。
そして、なぜ守護像がここを守り続けていたのか。
三人は、その答えを見つけたのだ。
「よし! じゃあ、帰るか!」
ガルドが元気よく言った。
「……そうですね」
エリシアは苦笑しながら資料をしまう。
「せっかくの発見なのに、あっさりしていますね」
「だって、腹が減った!」
「やっぱりそれなのね……」
セリナは肩をすくめた。
だが、彼女も少しだけお腹が空いていた。
「街に戻ったら、何か食べましょうか」
「本当か!?」
ガルドの顔がぱっと輝く。
「ええ。ただし、今日は私が選ぶわ」
「肉がある店なら、どこでもいいぞ!」
「選ぶ意味がないじゃない!」
遺跡の奥に眠っていた古代の技術。
その秘密を解き明かした三人は、賑やかな声を響かせながら、山を下りていった。
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