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第33話「新人冒険者、古代遺跡の守護者と戦う」

 翌朝。

 ガルドは宿の食堂で、山のように積まれたパンを頬張っていた。

「ガルド、少しは残しておいてあげたら?」

 セリナが呆れたように言う。

「大丈夫だ! まだ追加を頼める!」

「そういう意味じゃないわよ……」

 向かいに座るエリシアは、地図を広げながら苦笑していた。

「お二人とも、準備は大丈夫ですか? 遺跡までは、ここから半日ほどかかるはずです」

「問題ないぞ!」

 ガルドは最後のパンを口に放り込んだ。

「食料も水も持ったし、剣もある!」

「あなたの準備は、食料と剣だけなの?」

「あと靴!」

「……もういいわ」

 セリナは自分の荷物を確認した。

 水筒、携帯食料、薬草、予備の矢。それに、簡単な野営道具も用意してある。

 エリシアも古文書の写しや筆記具、魔法道具を鞄に詰めていた。

「では、出発しましょう!」

 こうして三人は、北東の山を目指して街を出た。


 街道を離れて山道に入ると、景色は少しずつ変わっていった。

 背の高い木々が道の両側を覆い、足元には大小の岩が転がっている。

 鳥の声は聞こえるものの、街の近くに比べると魔物の気配も濃い。

「この辺りから、目撃情報が増えているんです」

 エリシアが地図を確認しながら言った。

「普段は山の奥にいる魔物が、最近は麓のほうまで下りてきているそうです」

「何か原因があるのかしら?」

 セリナが周囲を見渡す。

「まだ分かりません。ただ、古代遺跡と関係がある可能性も考えています」

「なるほどな!」

 ガルドは大きくうなずいた。

「つまり、遺跡に行けば何か分かるかもしれないってことだな!」

「そうとは限らないけど……」

「よし、楽しみになってきた!」

「話を聞いていたのかしら……」

 セリナは苦笑した。

 そのときだった。

 ガサッ!

 道脇の茂みが揺れた。

「止まって!」

 セリナが弓を構える。

 次の瞬間、灰色の毛並みをした狼型の魔物が三体、茂みから飛び出してきた。

 その額には、小さな角が生えている。

「角狼ね!」

 セリナが素早く矢を放つ。

 一体の前脚付近をかすめた矢が、進路をそらす。

 残る二体は左右に分かれ、三人を挟み込むように迫ってきた。

「エリシア、下がって!」

「は、はい!」

 セリナが二本目の矢をつがえる。

 しかし、角狼の動きは速い。

 一体がセリナに向かって飛びかかろうとした、その瞬間。

「おりゃっ!」

 ガルドが大剣を横に振った。

 刃を当てるのではなく、剣の腹で地面すれすれを薙ぎ払う。

 巻き起こった風と衝撃に、角狼の体が横へ弾き飛ばされた。

「えっ、今ので!?」

 エリシアが目を丸くする。

 もう一体がガルドの背後へ回り込もうとした。

「そっちは任せて!」

 セリナの矢が角狼の足元に突き刺さる。

 驚いて動きを止めたところへ、ガルドが一気に距離を詰めた。

「これで終わりだ!」

 大剣の一撃が地面を叩く。

 土煙が舞い、強烈な衝撃が広がった。

 角狼たちは危険を察したのか、低くうなりながら後ずさりすると、そのまま森の奥へと逃げていった。

「ふう。ひとまず撃退できたわね」

 セリナが弓を下ろす。

「すごい……。あんな大剣を、あれほど軽々と扱うなんて」

 エリシアはガルドの剣をじっと見つめた。

「ん? 普通に振っただけだぞ?」

「普通ではないと思うけど……」

 セリナが小さくつぶやく。

 ガルドは気にする様子もなく、大剣を背負い直した。

「よし、先へ行こう! 遺跡はもうすぐなんだろ?」

「ええ。この坂を越えた先のはずです」

 エリシアは地図を確かめ、再び歩き始めた。


 坂を登り切った先に、それはあった。

 木々に覆われた岩壁の一部が崩れ、その奥に古びた石造りの階段が姿を見せている。

 階段は山の内部へと続いていた。

「……ここです」

 エリシアの声が、自然と小さくなる。

「文献に記されていた場所と一致しています」

「これが古代遺跡か!」

 ガルドは目を輝かせた。

「思ったより地味だな!」

「遺跡は見た目の派手さを競うものではありません!」

 エリシアが思わず声を上げた。

「そ、そうか。悪い!」

「ふふっ……」

 セリナは笑いをこらえながら、階段の先を見つめた。

 石段には苔が生え、壁面には見慣れない文字や紋様が刻まれている。

 長い年月、人の手が入っていなかったのだろう。

 それでも、階段の奥からは微かな魔力が感じられた。

「慎重に進みましょう。何があるか分かりませんから」

 セリナの言葉に、二人はうなずいた。

 三人は足元に気をつけながら、ゆっくりと階段を下りていった。

 やがて、広い石造りの通路に出る。

 天井には小さな結晶が埋め込まれており、エリシアが杖を近づけると、淡い光が順番に灯った。

「わあ……」

 エリシアは思わず感嘆の声を漏らした。

「魔力に反応する照明装置です。こんなものが、まだ動くなんて……!」

「便利だな! うちにも欲しいぞ!」

「持って帰ろうとしないでよ?」

「いや、さすがに壁ごとは持って帰れないだろ!」

「そこを心配しているんじゃないわよ……」

 セリナは頭を抱えた。

 通路の奥には、大きな石扉があった。

 扉の中央には剣をかたどった紋様が刻まれ、その周囲を複雑な円形の模様が取り囲んでいる。

 エリシアは目を輝かせ、すぐに羊皮紙を取り出した。

「この紋様……。古文書に描かれていたものと似ています!」

「開くのか?」

「少し調べてみます。触らないでくださいね」

 エリシアが扉の周囲を調べ始める。

 セリナは通路の後方を警戒し、ガルドは腕を組んで待っていた。

 そして、しばらくして。

「……この部分に魔力を流せば、仕掛けが動くはずです」

 エリシアが杖の先を小さな窪みに当てた。

 淡い光が走る。

 ゴゴゴゴ……。

 重い音を立て、石扉がゆっくりと横へ開いていった。

「おおっ!」

 ガルドが歓声を上げる。

 扉の向こうには、広い部屋が広がっていた。

 中央には円形の台座。

 その周囲には、用途の分からない石柱や金属製の装置が並んでいる。

 そして、部屋の奥には――巨大な石像が立っていた。

 人型の石像だ。

 全身を鎧のような石板で覆い、片手には大きな剣を握っている。

「……あれは?」

 セリナが弓を構えた。

 エリシアの顔から、さっと血の気が引く。

「そんな……。守護者が残っているなんて」

「守護者?」

「古代遺跡を守るための魔法仕掛けの人形です。文献には記録がありましたが、実物を見るのは初めてです……!」

 そのとき。

 石像の胸に刻まれた紋様が、青白く光った。

 ゴウン……。

 石の体がゆっくりと動き出す。

 巨大な頭部が三人を向き、無機質な声が響いた。

『侵入者ヲ確認』

『管理区域ヘノ侵入ヲ確認』

『排除ヲ開始スル』

「来るわよ!」

 セリナが叫ぶ。

 守護者は石の剣を振り上げ、猛烈な勢いで振り下ろした。

 ガルドはエリシアの前に飛び出し、大剣を構える。

 ガキィィィンッ!!

 金属音にも似た衝撃音が、遺跡全体に響き渡った。

「おおっ! こいつ、なかなか重いな!」

 ガルドの足元に亀裂が走る。

 それでも彼は、守護者の剣を正面から受け止めていた。

「ガルド、正面から受け続けないで! その腕、かなり強いわ!」

「分かってる!」

 ガルドは剣を押し返し、横へ跳んだ。

 守護者の剣が床を叩く。

 その隙に、セリナが矢を放った。

 矢は守護者の肩の継ぎ目に命中する。

 しかし、表面の石板に弾かれ、わずかな傷を残すだけだった。

「硬い……!」

「セリナさん! 胸の紋様を見てください!」

 エリシアが叫んだ。

「そこに魔力が集中しています! あれが動力の一部になっているはずです!」

「分かったわ!」

 セリナは守護者の動きを観察し、次の矢をつがえた。

 ガルドが守護者の正面に立ち、わざと大きく大剣を振りかぶる。

「ほら、こっちだ!」

 守護者が反応し、石の剣を横薙ぎに振るった。

 ガルドは身をかがめて攻撃をかわす。

 その一撃で、背後の石柱が砕け散った。

「うわっ! 危ないな!」

「あなたが誘ったんでしょう!?」

「そうだった!」

 ガルドは守護者の懐へ踏み込んだ。

 大剣を両手で握り、刃ではなく剣の腹を守護者の胸へ叩きつける。

 ドォンッ!!

 守護者の巨体が大きく揺れた。

 胸の紋様が、一瞬だけ明滅する。

「今よ!」

 セリナの矢が、紋様の中心へと飛んだ。

 矢は正確に命中し、青白い光が大きく揺らいだ。

「エリシア! まだ何かできるか!?」

「はい! 動力の流れを乱せば、動きを止められるかもしれません!」

 エリシアは杖を構え、呪文を唱え始めた。

 杖の先から淡い光が伸び、守護者の胸へと絡みつく。

 守護者の動きが、わずかに鈍った。

「ガルドさん! 今です!」

「任せろ!」

 ガルドは大剣を振り上げた。

 今度は全身の力を込める。

「これで――終わりだ!!」

 大剣が、守護者の胸部へと振り下ろされた。

 轟音とともに石板が砕け、胸の紋様から光が飛び散る。

 守護者は数歩よろめいたあと、膝をついた。

 ゴゴゴ……。

 やがて、全身から力が抜け、石の剣が床に落ちる。

 部屋に静寂が戻った。

「……止まった、の?」

 セリナが慎重に問いかける。

 エリシアは杖を構えたまま、しばらく様子を見ていた。

「はい。魔力の反応が急激に弱まっています。ひとまず、動かなくなったようです」

「よし!」

 ガルドが大剣を肩に担いだ。

「いやあ、強かったな!」

「強かった、じゃないわよ……。もう少しで床ごと崩れるところだったんだから」

「でも勝ったぞ!」

「それはそうだけど……」

 セリナは言葉を詰まらせ、最後には小さく笑った。

 エリシアも胸をなで下ろしていた。

「お二人のおかげです。私一人だったら、間違いなく追い返されていました」

「気にするな! 三人でやったんだから、三人の勝利だ!」

 ガルドは屈託なく笑った。

 エリシアは、その言葉を嬉しそうに受け止めた。


 守護者が動かなくなったあと、三人は部屋の中を慎重に調べた。

 石柱には古代文字が刻まれていたが、エリシアが読めるものは一部だった。

 それでも、いくつかの装置が何らかの魔力を扱うためのものだということは分かった。

「ここは、ただの神殿や墓所ではないようですね……」

 エリシアは壁の文字を写し取りながら言った。

「古代の研究施設かもしれません」

「研究施設ってことは、何かすごいものがあるのか?」

「その可能性はあります。ただ、今の段階では断言できません」

「おお……!」

 ガルドの目が再び輝いた。

「すごい剣とか、すごい鎧とか!」

「あなた、結局そこなのね……」

 セリナは苦笑した。

 そのとき、部屋の奥にある壁が目に入った。

 そこには、もう一つの石扉があった。

 最初の扉よりも大きく、表面には剣を持った人物と、巨大な獣が向かい合う姿が刻まれている。

 扉の周囲には、いくつもの複雑な紋様が並んでいた。

「……あれは?」

 エリシアがゆっくりと近づいた。

 刻まれた文字を読み取ろうとするが、見覚えのない記号が多く、簡単には解読できそうにない。

「この先にも、何かあるんだな!」

 ガルドが扉に手をかけようとした。

「待って!」

 セリナがすぐに制止する。

「さっきの守護者を見たでしょう? この先にも同じような仕掛けがあるかもしれないわ」

「うーん……。確かに」

 ガルドは素直に手を引っ込めた。

 エリシアは石扉の前にしゃがみ込み、紋様を注意深く調べた。

 しかし、やがて困ったように首を横に振った。

「駄目です……。今ある資料だけでは、この扉の仕組みも、先に何があるのかも分かりません」

 彼女は手帳に扉の模様を描き写した。

「もっと資料を調べて、対策を考えてから来るべきですね」

「そうね。ここまで来られたのは大きな収穫だけど、これ以上は未知の領域だわ」

 セリナも慎重にうなずいた。

 守護者との戦いで、三人とも少なからず体力を消耗している。

 この先に何が待ち受けているか分からない状態で、無理に進むべきではなかった。

「よし! じゃあ、一度街に戻ろう!」

 ガルドは大剣を背負い直した。

「準備を整えてから、また来ればいいんだろ?」

「……ええ。その通りです」

 エリシアは少し安心したように微笑んだ。

「次は、必ずこの扉の向こうを調べましょう」

「ええ。今度はもっと安全に進めるように準備しておきましょう」

 セリナがそう言って、帰り道へと視線を向けた。

 三人は遺跡の入口へと戻り、山道を下り始めた。

 遺跡の正体も、奥に隠されたものも、まだ分からない。

 だが、今日の調査で得たものは大きかった。

 古代の魔法技術。

 動き出した守護者。

 そして、さらに奥へと続く謎の石扉。

 エリシアは帰ったら資料を調べ直すつもりだった。

 セリナは次の探索に必要な道具を考え始めていた。

 そしてガルドは――。

「なあ、帰ったら肉を食べよう!」

「……あなたは本当に変わらないわね」

「腹が減っては冒険ができないからな!」

 ガルドの言葉に、エリシアが楽しそうに笑った。

 こうして三人の最初の遺跡調査は、ひとまず幕を閉じた。

 しかし、遺跡の奥に眠る秘密は、まだ誰にも知られていない。

 次に彼らが訪れるとき、古代の謎は少しずつその姿を現すことになる。

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