森を出たガルドとセリナは、町へ向かって歩いていた。
ガルドの肩には、大剣。
そして、手には回収した魔物の素材が入った袋がある。
「……なあ、セリナ」
「なに?」
「やっぱり、あの魔物の肉はうまいのかな」
「まだ気にしてたの?」
「気になるだろ。あれだけ大きいんだぞ」
「大きさと味は関係ないと思うけど……」
セリナは苦笑した。
森の奥で遭遇した、角の生えた巨大な魔物。
あれほどの魔物が、なぜ森の奥にいたのか。
そして、なぜ森の魔物たちが逃げ出していたのか。
気になることは山ほどある。
それなのに、ガルドが一番気にしているのは食べられるかどうかだった。
「まあ、ギルドで聞けば分かるか」
「そうね。まずは報告しないと」
二人は町の門をくぐり、冒険者ギルドへ向かった。
冒険者ギルドの扉を開けると、昼前だというのに多くの冒険者で賑わっていた。
受付では依頼の報告をする者が並び、奥のテーブルでは冒険者たちが食事をしながら話をしている。
「お、戻ってきたな」
受付嬢が二人に気づき、笑顔で声をかけた。
「北の森の調査はどうでしたか?」
「魔物がいたわ」
セリナが答える。
「やっぱり何か異常が?」
「ええ。森の奥で、見たことのない大型の魔物に遭遇したの」
「見たことのない魔物……ですか?」
受付嬢の表情が変わった。
ガルドは素材の入った袋をカウンターに置いた。
「これだ」
「……えっ?」
受付嬢が袋の中身を確認する。
そこに入っていたのは、巨大な魔物の角と毛皮の一部だった。
「こ、これは……!」
受付嬢が目を見開く。
その声を聞きつけた近くの冒険者たちが、次々と集まってきた。
「なんだなんだ?」
「また何か倒したのか?」
「おい、これって……」
素材を見た一人の冒険者が、驚いた声を上げた。
「ブラウンホーンじゃないか!」
「ブラウンホーン?」
セリナが聞き返す。
「ああ。北の森にいるって噂は聞いたことがあるが、実物を見るのは初めてだ」
冒険者は素材を見つめながら続けた。
「かなり力が強い魔物だぞ。普通なら、複数人で相手をする相手だ」
「そうなんだ」
ガルドは頷いた。
「強かったぞ」
「強かったぞ、じゃないだろ!」
冒険者が思わず突っ込む。
「お前たち二人で倒したのか?」
「そうよ」
セリナが答えた。
「私は動きを止めるのを手伝って、最後はガルドが倒したわ」
「一人で……?」
周囲がざわめく。
ガルドは首を傾げた。
「セリナも手伝ってくれたぞ?」
「いや、そういう話じゃなくてだな……」
冒険者は頭を抱えた。
まただ。
この新人は、自分がどれだけ異常なことをしているのか、まるで分かっていない。
「それで、森の様子はどうだったんですか?」
受付嬢が気を取り直して尋ねた。
セリナは森で見た足跡や、グレイウルフたちの様子を説明した。
「魔物たちが、森の外へ向かっていたんです」
「外へ?」
「ええ。ブラウンホーンにも古い傷があったわ。何かから逃げていた可能性があると思う」
受付嬢は真剣な表情で頷いた。
「分かりました。すぐにギルドマスターへ報告します」
「お願いするわ」
「お二人とも、危険な調査をありがとうございました」
受付嬢が頭を下げる。
その横で、ガルドが手を挙げた。
「質問がある」
「はい、なんでしょう?」
「ブラウンホーンって、食べられるのか?」
「……」
受付嬢の動きが止まった。
セリナは額に手を当てる。
「ガルド……」
「いや、大事なことだろ?」
「まあ、確かに……」
受付嬢は困ったように笑った。
「ブラウンホーンの肉は食べられますよ。少し硬いですが、きちんと調理すれば美味しいそうです」
「本当か!」
ガルドの顔が明るくなった。
「よし!」
「素材の買い取りが終わったら、お肉屋さんを紹介しましょうか?」
「頼む!」
ガルドは勢いよく頷いた。
周囲の冒険者たちから、どっと笑い声が上がる。
「こいつ、魔物の危険度より味のほうが気になるのかよ!」
「ある意味、大物だな……」
セリナもつられて笑ってしまった。
森での緊張が、少しだけ和らいだ。
その後、二人は討伐した魔物の素材を買い取ってもらった。
ブラウンホーンの角と毛皮には、それなりの値がついた。
報酬を受け取ったガルドは、さっそく紹介された肉屋へ向かおうとする。
「セリナ、行こう!」
「はいはい。でも、その前に一つだけ」
「なんだ?」
「今日の依頼は終わったんだから、少し休みましょう?」
「……肉を食べてからでもいいか?」
「もう!」
セリナは笑いながら、ガルドの背中を軽く叩いた。
結局、二人は肉屋へ向かうことになった。
店先には、さまざまな魔物の肉が並んでいる。
ガルドはその光景を見た瞬間、目を輝かせた。
「すごい……!」
「そんなに嬉しい?」
「ああ。どれも美味そうだ」
店主が二人に気づき、声をかけてきた。
「いらっしゃい。冒険者かい?」
「そうだ」
「それなら、ちょうどいいものがあるぞ」
店主は店の奥から、大きな肉の塊を持ってきた。
「今朝、仕入れたブラウンホーンの肉だ。珍しい部位だから、なかなか手に入らないぞ」
「……!」
ガルドは肉を見つめた。
セリナは、その横顔を見て笑った。
「買うの?」
「買う」
「即答ね」
「こんなものを見て、買わない理由がないだろ」
ガルドは報酬の袋を確認し、店主に告げた。
「これをくれ」
「毎度あり!」
こうしてガルドは、今日の冒険の成果を肉という形でも手に入れたのだった。
その日の夕方。
冒険者ギルドでは、森の異変についての話し合いが行われていた。
ブラウンホーンが森の奥に現れたこと。
複数の魔物が森の外へ移動していたこと。
そして、さらに奥へ続く大きな足跡があったこと。
どれも見過ごせる情報ではなかった。
「北の森で、何かが起きているのは間違いないな」
ギルドマスターが地図を見つめながら呟く。
「だが、原因が分からない以上、軽々しく冒険者を送り込むわけにもいかん」
彼はしばらく考えたあと、受付嬢に指示を出した。
「今回の調査に参加した二人には、引き続き連絡を取れるようにしておいてくれ」
「分かりました」
ギルドマスターは、地図に描かれた北の森を見つめた。
その奥には、まだ誰も把握していない危険が潜んでいるかもしれない。
だが、その頃のガルドは――。
「うまい!」
宿の食堂で、ブラウンホーンの肉料理を頬張っていた。
「明日も食べたいな」
「……明日は少し、町を見て回らない?」
セリナが呆れたように笑う。
「町にも美味いものがあるのか?」
「あるでしょうね」
「じゃあ、見て回ろう!」
ガルドは満面の笑みで頷いた。
こうして、二人の隣町での生活は続いていく。
森の異変については、まだ分からないことばかりだ。
けれど、今は焦る必要もない。
明日は明日で、新しい発見があるだろう。
そしてガルドにとっては――。
美味い肉との出会いも、立派な冒険の一つなのだった。
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