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第16話「新人冒険者、森の奥で異変を追う」

 ゴゴゴゴ……。

 森の奥から響いた重い音が、ゆっくりと消えていった。

 ガルドとセリナは、しばらくその場から動かなかった。

 風が木々を揺らす音。

 遠くで鳴く鳥の声。

 それ以外には、何も聞こえない。

「……今の音、何だったのかしら」

 セリナが小さくつぶやいた。

「でかい魔物が歩いてる音じゃないか?」

「それは分かってるわよ。でも、あれだけ地面が揺れるなんて普通じゃないわ」

「じゃあ、ものすごくでかい魔物ってことだな!」

「……ガルドって、考え方が単純よね」

「そうか?」

 ガルドは首をかしげた。

 巨大な魔物がいるなら、倒せばいい。

 もちろん、危険な相手なら無理はしないつもりだ。

 ただ、どれほど大きな魔物なのかは気になっていた。

 それに、もし倒せる相手なら――。

「肉も、でかいのかな」

「そこなの!?」

 セリナの声が森に響いた。

 ガルドは不思議そうな顔をする。

「いや、でかい魔物なら肉もたくさん取れるだろ?」

「まだ食べられる魔物かどうかも分からないでしょう!」

「それもそうだな……」

 ガルドは少し残念そうにうなずいた。

 セリナは深く息を吐いた。

 この男と一緒にいると、緊張感を保つのが難しい。

 それでも、不思議と不安ばかりではなかった。

 ガルドは無茶をすることもあるが、仲間の言葉には意外と素直に耳を傾ける。

 危険を感じたら引き返す。

 その約束さえ守ってくれれば、調査を続けることはできるはずだ。

「とにかく、音の正体を確かめましょう。ただし、姿を見つけても不用意に近づかないこと。いい?」

「ああ、分かった!」

 二人は再び歩き始めた。


 森の奥へ進むにつれて、地面の様子が変わってきた。

 柔らかい土には、深いくぼみがいくつも残っている。

 太い木の幹には、何かがぶつかったような傷があった。

 中には、根元から折れて倒れている木もある。

「……やっぱり、普通じゃないわね」

 セリナは倒木を調べながら言った。

「魔物同士が争った跡かしら?」

「そうかもしれないな」

 ガルドは折れた木の断面を見つめた。

 かなり太い木だ。

 大人が何人も腕を回して、ようやく届くかどうかという大きさだった。

 それが、途中から無理やりへし折られている。

「すごい力だな」

「ええ。普通の魔物が暴れただけとは思えないわ」

 セリナは周囲を見渡した。

 木々の間には、いくつもの痕跡が続いている。

 ただし、それらは一方向にまとまっているわけではなかった。

 あるものは森の奥へ。

 別のものは、南側へ。

 さらに、少し離れた場所には、東の山地へ向かう足跡も残っていた。

「この跡……」

 セリナは地面にしゃがみ込んだ。

「どうした?」

「魔物が逃げているだけじゃないのかもしれない」

「どういうことだ?」

「ほら、こっちの足跡を見て」

 セリナが指さしたのは、木々の間に残された複数の足跡だった。

 大きな足跡の周囲に、小さな足跡がいくつも重なっている。

「大型の魔物が通ったあとに、小さな魔物が続いているでしょう?」

「ああ」

「でも、こっちは違う。大きな足跡が先に進んでいるのに、小さな足跡は途中で引き返しているの」

 ガルドはじっと地面を見た。

 確かに、足跡の向きが途中で変わっている。

「つまり、何かを追いかけてるってことか?」

「可能性はあるわ。だけど、逆に何かから逃げている可能性もある」

「うーん……難しいな」

「ええ。だから、もっと情報が必要なのよ」

 セリナは立ち上がった。

 今のところ、はっきりしたことは分からない。

 ただ、魔物たちが一斉に移動しているだけでは説明できない痕跡が、森のあちこちに残されている。

 この森では、何かが起きている。

 それだけは間違いなさそうだった。


 さらに進むと、二人は小さな沢にたどり着いた。

 透明な水が岩の間を流れ、木漏れ日を受けてきらきらと輝いている。

 その光景を見て、ガルドの表情が明るくなった。

「おっ、水だ!」

「水があるだけで、そんなにうれしいの?」

「歩いたら喉が渇くだろ?」

「それはそうだけど……」

 ガルドは背負っていた水筒を取り出し、沢の水を飲んだ。

「うまい!」

「水に味の違いなんてあるの?」

「あるぞ。冷たいし、うまい!」

「それは冷たいからじゃないの?」

 セリナは笑いながら、自分の水筒にも水を補充した。

 そのときだった。

 ガルドが、ふと沢の向こう側を見つめた。

「……ん?」

「どうしたの?」

「あそこ、何かあるぞ」

 沢の向こうには、岩が積み重なった場所があった。

 その隙間に、何か黒いものが挟まっている。

 ガルドが近づこうとすると、セリナが手で制した。

「待って。先に周囲を確認するわ」

 セリナは弓を構え、岩場の周囲に魔物の気配がないか探った。

 しばらくしてから、ゆっくりと前へ進む。

 黒いものは、岩の隙間に引っかかった硬い鱗だった。

 大きさは、ガルドの手のひらほどもある。

 表面には鈍い光沢があり、端の部分は鋭く尖っていた。

「……これ、何かしら?」

 セリナは慎重に鱗を観察した。

「魔物の鱗か?」

「たぶんね。でも、こんなに大きな鱗は見たことがないわ」

 セリナは布を取り出すと、鱗を傷つけないように包んだ。

 森の奥で見つかった、大型の魔物が通ったような痕跡。

 そして、地面を揺らすほどの重い音。

 この鱗も、それらと関係しているのだろうか。

「ギルドに持ち帰って、詳しい人に見てもらいましょう」

 二人はうなずき合った、その直後。

 ガルドが岩場の奥をのぞき込んだ。

「なあ、こっちにも何かあるぞ」

「だから、勝手に動かないでって……!」

 セリナは慌ててガルドのそばへ向かった。

 岩場の奥には、地面が大きく削れた跡があった。

 まるで巨大な何かが、そこに身体をこすりつけたような跡だ。

 さらに、その近くには太い枝が折れて散らばっていた。

「……この大きさ」

 セリナの顔が険しくなる。

「かなり大型の魔物が通ったみたいね」

「さっきの音を立てたやつか?」

「分からない。でも、関係がある可能性は高そうだわ」

 そのとき、ガルドが岩場の向こうを指さした。

「あっちに道が続いてるぞ」

 岩の隙間を抜けた先に、細い獣道が伸びていた。

 その道は、森のさらに奥へと続いている。

 ただし、周囲には倒木が多く、地面も荒れていた。

 進むのは簡単ではなさそうだった。

 セリナはしばらく考えたあと、首を横に振った。

「今日は、ここまでにしましょう」

「えっ、もう行かないのか?」

「これ以上進むと、戻る時間が遅くなるわ。それに、相手の正体も分からない。今は見つけた痕跡を持ち帰ることが大切よ」

 ガルドは少しだけ残念そうだったが、素直にうなずいた。

「よし。じゃあ、帰ろう!」

 そして、すぐに笑顔になった。

「町に戻ったら、昼飯だな!」

「まだお昼のことを考えていたの!?」

「腹が減ったからな!」

 セリナはもう何も言わず、笑うしかなかった。


 森を出るころには、太陽が少し傾き始めていた。

 二人は街道へ戻り、町へ向かって歩いていた。

 セリナの荷物には、見つけた鱗が大切にしまわれている。

 これをギルドに持ち帰れば、何か分かるかもしれない。

 少なくとも、ただの魔物の争いではない可能性が高まった。

「なあ、セリナ」

「何?」

「もし、ものすごく強い魔物が森にいるんだとしたら、どうする?」

 セリナは少し考えた。

「まずは正体を調べるわ。それから、倒せる相手なのかを判断する」

「なるほどな」

「ガルドも、相手を見ただけで飛びかかったりしないでね」

「もちろん」

 ガルドは笑顔で答えた。

 セリナは疑わしそうに目を細めた。

「……本当に?」

「たぶん!」

「たぶんじゃ駄目でしょう!」

 二人の声が、夕暮れの街道に響いた。

 そのとき、ガルドはふと足を止めた。

「……あれ?」

「今度は何?」

「森の奥から聞こえた音、覚えてるか?」

「ええ。地面が揺れた音でしょう?」

「ああ。あれ、ずっと奥から聞こえたよな」

「そうね」

 ガルドは背後の森を振り返った。

「でも、今日見つけた跡は、森の入り口に近いところにもあった」

 セリナの表情が変わった。

 ガルドの言うとおりだった。

 あの巨大な何かが森の奥にいるのなら、どうして入り口に近い場所にも痕跡が残っているのか。

 単に森の中を移動しているだけなのか。

 それとも――。

「……まだ、何か見落としているのかもしれないわね」

 セリナは森を見つめた。

 北の森の異変は、思っていたよりも複雑なのかもしれない。

 二人はそのまま町へ戻り、見つけた鱗と調査結果をギルドに報告することにした。

 次に森へ向かうときは、さらに詳しい準備が必要になるだろう。

 そして、森の奥では今日もまた、重い何かが動く音が響いていた。

 ゴゴゴゴ……。

 その音は、二人が去ったあとも、しばらく森の中に残っていた。

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この記事を書いた人

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