翌朝。
ガルドは宿の食堂で、山盛りの朝食を食べていた。
「……うまい」
「朝からよく食べるわね」
向かいの席に座るセリナが、呆れたように笑った。
「今日は森を歩くんだろ?」
「そうだけど」
「だったら腹いっぱい食べておかないとな」
「昨日も同じことを言っていた気がするわ」
「そうだったか?」
ガルドは首を傾げながら、最後のパンを口に放り込んだ。
「よし、行こう!」
「はいはい。忘れ物はない?」
「剣なら持ってる」
「それ以外は?」
「……特にないな」
「水筒は?」
「いるのか?」
「いるわよ!」
セリナは思わず声を上げた。
結局、彼女はガルドの水筒まで用意することになった。
こうして二人は、町の北門を抜けて森へと向かった。
町からしばらく歩くと、木々が密集する森が見えてきた。
木々の隙間から朝日が差し込み、地面には細長い影が伸びている。
鳥の鳴き声が聞こえ、風が葉を揺らしていた。
「静かな森だな」
ガルドが周囲を見回す。
「今のところはね」
セリナは弓を手にしながら答えた。
「でも、油断しないで。今回は魔物の様子を調べに来たんだから」
「分かってる」
ガルドは背中の大剣を確かめた。
「魔物がいたら、まずはセリナに任せる」
「え?」
「俺が突っ込むと、倒しちゃうかもしれないだろ?」
「……それ、調査のことを考えて言ってる?」
「もちろん」
セリナは少し驚いた顔をしたあと、くすりと笑った。
「ふふっ。ちゃんと考えてるのね」
「当たり前だ」
「じゃあ、私が先に様子を見るわ。ガルドは周囲を警戒していて」
「ああ」
二人は森の奥へと進み始めた。
セリナが先頭を歩き、ガルドが少し後ろをついていく。
時折、セリナは足を止めて地面を確認した。
「どうした?」
「足跡よ」
彼女が指差した先には、土の上に大きな足跡が残っていた。
「大きいな」
「ええ。それに、かなり新しいわ」
「昨日のグランドファングか?」
「可能性はあるけど……」
セリナは足跡の向きを確認する。
「この足跡、森の奥から外へ向かっているみたい」
「外へ?」
「そう。普通なら、森の中で暮らしている魔物がわざわざ街道の近くまで出てくる必要はないでしょう?」
「確かに」
ガルドは頷いた。
「何かあったのかもしれないな」
「私もそう思う」
二人は足跡をたどることにした。
森の奥へ進むにつれて、魔物の足跡は増えていった。
小さなものもあれば、ガルドの手のひらほどもある大きなものもある。
しかも、その多くが森の外側へ向かっていた。
「やっぱり変ね……」
セリナが呟く。
「何が?」
「魔物の足跡が、みんな同じ方向へ向かっているのよ」
「何かに追い立てられてるのか?」
「その可能性はあるわ」
セリナの表情が引き締まる。
「もし森の奥に、魔物たちが逃げ出すほどの相手がいるなら、私たちだけで対処するのは危険かもしれない」
「じゃあ、見つけたら戻るか?」
「そうね。まずは何が起きているのか確かめましょう」
ガルドは素直に頷いた。
そのときだった。
ガサッ!
すぐ近くの茂みが揺れた。
セリナが素早く弓を構える。
「止まって!」
ガルドも足を止め、大剣の柄に手をかけた。
茂みの向こうから現れたのは、三匹の灰色の狼だった。
鋭い牙を持ち、毛並みは逆立っている。
狼たちは二人を見つけると、低く唸り始めた。
「グレイウルフね……」
セリナが小さく呟く。
「知ってる魔物か?」
「ええ。群れで行動する魔物よ。でも、こんなに落ち着きがないのは珍しいわ」
狼たちは周囲を気にするように何度も振り返っていた。
まるで、何かから逃げているかのようだった。
「ねえ、ガルド」
「なんだ?」
「できれば、一匹だけ動きを止めて。何か様子が分かるかもしれない」
「分かった」
ガルドは大剣を抜いた。
狼たちが一斉に飛びかかってくる。
「右から二匹!」
セリナの声が飛ぶ。
ガルドは一歩踏み込み、大剣を横へ振った。
風を切る音が響く。
狼たちは慌てて左右へ飛び退いた。
「速いわね!」
セリナが矢を放つ。
矢は一匹の狼の前の地面に突き刺さり、その動きを牽制した。
その隙に、ガルドがもう一匹の進路を塞ぐ。
「こっちは通さないぞ!」
狼が向きを変えようとした瞬間、ガルドは大剣の腹で地面を叩いた。
ドンッ!
大きな音に驚いた狼が、思わず後ずさる。
残る一匹がセリナへ飛びかかった。
「甘いわ!」
セリナは横へ身をかわし、短剣を抜いて狼の前に立ちはだかった。
鋭い動きで攻撃をかわし、狼の進路を外へ誘導する。
そこへガルドが回り込んだ。
「よし、止まったな!」
ガルドが大剣を地面に突き立てる。
狼たちは一斉に身構えた。
だが、次の瞬間。
森の奥から、低い唸り声が響いた。
「グルルルル……」
狼たちの動きが止まった。
先ほどまで二人に向かって唸っていた狼たちが、怯えたように森の奥を振り返る。
「……え?」
セリナが息を呑んだ。
狼たちはガルドたちを見向きもせず、森の出口へ向かって走り去っていった。
「おい、待て!」
ガルドが声をかける。
しかし、狼たちはあっという間に姿を消した。
「逃げちゃったわね……」
「何だったんだ?」
ガルドは首を傾げた。
セリナは弓を構えたまま、森の奥を見つめていた。
「今の声……」
「聞こえたな」
「ええ。かなり大きな魔物かもしれない」
森の奥から、再び風が吹いてくる。
木々の葉がざわざわと揺れた。
ガルドは大剣を握り直した。
「見に行くか?」
「……そうね。でも、無理はしないこと。危険だと思ったらすぐに戻るわよ」
「ああ、分かった」
二人は慎重に歩き始めた。
足元には、先ほどの狼たちのものと思われる足跡が続いている。
その足跡もまた、森の外へと向かっていた。
そして、森の奥。
木々の隙間に、何か大きな影が動いた。
ガルドとセリナは、まだその正体を知らない。
だが、二人は確かに感じていた。
この森では、何かがおかしくなっている。
その原因は、すぐ近くまで迫っていた。
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