翌朝。
「ガルド、起きてる?」
宿の部屋の扉を、コンコンと叩く音がした。
「……ん?」
ベッドの上で眠っていたガルドが、ゆっくりと目を開ける。
「ガルド。もう朝よ」
扉の向こうから聞こえてくるのは、セリナの声だった。
「朝……?」
ガルドはぼんやりと呟く。
昨日はホーンウルフの肉をたらふく食べた。
そのせいか、いつも以上によく眠れた気がする。
「そう。昨日、今日も依頼を受けようって言ったでしょう?」
「ああ……そうだった」
ガルドは勢いよく起き上がった。
「ちょっと待ってくれ!」
「ええ」
急いで身支度を整える。
壁に立てかけていた大剣を手に取り、そのまま部屋を出た。
「おはよう、セリナ」
「おはよう」
セリナがガルドの顔を見て、少し首を傾げる。
「……ガルド」
「なんだ?」
「朝ご飯は?」
「食べてない」
「やっぱり」
セリナは呆れたように息を吐いた。
「起きてすぐ来たの?」
「ああ」
「もう……。冒険者だって体が資本なんだから、ちゃんと食べないと駄目よ」
「でも、依頼があるんだろ?」
「そうだけど」
「なら、先にギルドへ行こう」
ガルドは大真面目だった。
セリナは少しだけ笑う。
二人は宿を出て、冒険者ギルドへ向かった。
ギルドへ入った瞬間。
何人かの冒険者が、ガルドを見る。
「あ、昨日の……」
「ホーンウルフを持って帰ってきた新人だ」
「大剣一本で倒したっていう……」
「二回振っただけらしいぞ」
「マジかよ……」
昨日の噂が、もう広がっている。
ガルドは周囲の視線を気にすることなく、受付へ向かった。
「おはようございます」
「お、おはようございます、ガルドさん」
受付嬢が笑顔で応える。
「今日も依頼を受けたい」
「はい。昨日のホーンウルフの件で、かなり話題になっていますよ」
「そうなのか?」
「はい」
「なぜだ?」
受付嬢は一瞬だけ黙った。
「……いろいろです」
「そうか」
ガルドは特に気にしなかった。
「それで、何かいい依頼はあるか?」
「そうですね……」
受付嬢が依頼書を確認する。
「昨日は薬草採取でしたよね」
「ああ」
「今日は討伐依頼もありますよ」
「討伐がいい」
ガルドが即答する。
「魔物を倒せば、肉が手に入るからな」
「……やっぱりそこですか」
受付嬢が苦笑する。
その横で、セリナが依頼掲示板を眺めていた。
「ガルド、これなんてどう?」
セリナが一枚の依頼書を手に取る。
「護衛?」
ガルドが覗き込む。
「ええ。街の北門から、隣町まで商人の馬車を護衛する依頼」
「隣町まで?」
「そう。報酬も悪くないし、街道を使うから危険度もそこまで高くないみたい」
受付嬢も頷く。
「はい。初心者でも受けられる護衛依頼です」
「魔物は出るのか?」
「可能性はあります。ただ、最近はそれほど多くありません」
ガルドは依頼書を見る。
護衛。
隣町。
半日ほどの道のり。
そして――
「隣町なら、向こうの料理も食べられるのか?」
セリナが一瞬黙った。
「……そこ?」
「大事だろ」
「まあ……大事だけど」
セリナは思わず笑ってしまう。
「じゃあ、これにしましょうか」
「ああ」
ガルドは満足そうに頷いた。
「決まりだな」
北門。
集合場所へ向かうと、すでに一台の大きな馬車が停まっていた。
馬車の隣には、少し恰幅のいい男が立っている。
「君たちが護衛の冒険者か?」
「はい」
セリナが答える。
「私はセリナ。こちらはガルドです」
「私は商人のハンスだ。よろしく頼む」
ハンスは二人に頭を下げる。
そしてガルドを見る。
正確には――
ガルドの背負っている大剣を見る。
「……それ、武器か?」
「剣だ」
「見れば分かるが……」
ハンスは苦笑する。
「ずいぶん大きいな」
「普通だ」
「普通ではないと思うが……」
セリナが横から言う。
「この人にとっては普通みたいです」
「なるほど……」
ハンスは納得したような、していないような顔をした。
「今回運ぶのは食料品と日用品だ。隣町まで半日ほどの道のりになる」
「分かった」
ガルドが頷く。
「任せてくれ」
「頼もしいな」
ハンスが笑う。
そして馬車が動き始めた。
ガラガラと車輪が街道を進んでいく。
しばらくは何事もなかった。
天気もいい。
道も平坦。
魔物の気配もない。
「平和ね」
セリナが歩きながら言う。
「ああ」
ガルドも周囲を見回す。
そして。
「……腹が減った」
「でしょうね」
セリナは即答した。
「朝ご飯食べてないんだから」
「そうだった」
「忘れてたの?」
「ああ」
「もう……」
セリナは苦笑する。
「街道を進んで、休憩できそうな場所があったら何か食べましょう」
「分かった」
ガルドが頷く。
「できれば肉がいい」
「朝から?」
「朝だからだ」
「その理屈はよく分からないわ」
セリナが笑った。
そのときだった。
ガサッ。
前方の草むらが揺れた。
セリナの表情が変わる。
「……止まって」
ガルドも足を止める。
草むらの奥から、低い唸り声が聞こえてきた。
「魔物か?」
「たぶん」
ガルドが大剣に手をかける。
「何体いる?」
「まだ分からない」
次の瞬間。
草むらから、一匹のウルフが飛び出してきた。
「ウルフ!」
ハンスが声を上げる。
さらに二匹。
三匹。
合計で五匹ほどのウルフが街道へ姿を現した。
セリナが弓を構える。
「ガルド、右!」
「分かった!」
ヒュッ!
セリナの放った矢が、一匹のウルフの足元へ突き刺さる。
ウルフが怯んだ。
その隙にセリナが走り込む。
腰から短剣を抜く。
「はっ!」
飛びかかってきたウルフを身をひねってかわし、そのまま横から斬りつける。
ウルフが地面へ転がった。
「ガルド!」
「任せろ!」
ガルドが大剣を構える。
二匹のウルフが同時に飛びかかってきた。
「せいっ!」
ブンッ!
大剣が横薙ぎに振り抜かれる。
ドンッ!
二匹のウルフが吹き飛び、地面を転がった。
「……」
セリナが目を丸くする。
「相変わらずね……」
「まだいるぞ!」
残ったウルフが一斉に逃げ出した。
「待て!」
ガルドが追いかける。
「ガルド!?」
セリナが慌てて叫ぶ。
だが、ガルドは止まらない。
「待て!」
「逃げてるんだから追わなくていいでしょ!」
「駄目だ!」
「なんで!?」
ガルドは本気だった。
そして数十メートル走ったところで、逃げるウルフの前へ回り込む。
「捕まえた」
「……速すぎるでしょ」
追いついたセリナが息を整えながら呟く。
ガルドは大剣を肩に担ぐ。
「セリナ」
「なに?」
「こいつら、食べられるかな?」
「……たぶん食べられると思うけど」
「よし」
ガルドの顔が明るくなる。
セリナは思わず吹き出した。
「本当に、食べ物のことになると元気ね」
「大事だからな」
「はいはい」
こうして、街道に現れたウルフたちは討伐された。
「……君たち、本当に新人なのか?」
馬車へ戻ると、ハンスが呆れたような顔で二人を見る。
「新人だ」
ガルドが答える。
「昨日、ホーンウルフを倒したという話も聞いたが……」
「それよりは弱かった」
「そういう問題なのか……?」
ハンスは頭を抱えた。
一方、セリナはガルドの大剣を見る。
「ねえ、ガルド」
「ん?」
「あなた、本当にその大剣一本でやっていくつもり?」
「ああ」
「弓とか、短剣とか。使ってみたいと思わない?」
「思わないな」
「どうして?」
ガルドは少し考える。
そして、当たり前のように答えた。
「大剣が一番しっくりくるから」
「……そう」
セリナは笑った。
「じゃあ、これからもその大剣で頑張りましょうか」
「ああ」
二人は再び歩き始める。
街道の先には、まだ見たことのない隣町がある。
そしてガルドは――
「……腹が減った」
また同じことを呟いた。
セリナは思わず笑う。
「さっき食べるって言ったでしょう?」
「早く食べたい」
「はいはい。もう少し我慢してね」
二人の初めての護衛依頼は、まだ始まったばかりだった。
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