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第23話「新人冒険者、荷馬車を救う」

 古い岩壁を離れたガルドとセリナは、東の山道を街へ向かって歩いていた。

 今日の調査で分かったことは多い。

 見たことのない巨大な魔物。岩壁に残された無数の傷。そして、その向こうから聞こえた不気味な音。

 どれも気になることばかりだったが、今すぐ確かめられるものではなかった。

「うーん……」

 セリナは歩きながら、手帳に目を落とした。

「どうしたんだ?」

「今日見た魔物のことを考えていたの。あの魔物、どうして岩壁の近くにいたのかしら」

「何か食べるものでも探してたんじゃないか?」

「……あなたと一緒にしないでくれる?」

「俺だって、食べ物以外のものを探すことはあるぞ!」

「例えば?」

「強そうな魔物とか!」

「それ、今の話と関係ある?」

 セリナは思わず笑った。

 まったく、この男は。

 けれど、ガルドの言葉が完全に的外れとも限らない。

 魔物が何かを探していたのだとすれば、その目的は食料かもしれないし、住処かもしれない。

 あるいは、もっと別の何かか。

 今の段階では、想像することしかできなかった。

「まあ、ギルドが調べてくれるだろ。俺たちは俺たちで、できることをすればいいさ」

 ガルドはあっさりと言った。

「……そうね」

 セリナは手帳を閉じた。

 今は目の前のことを大切にしよう。

 そう思い直したときだった。

「……ん?」

 ガルドが足を止めた。

「どうしたの?」

「何か聞こえないか?」

 セリナも立ち止まり、耳を澄ませた。

 山道の先から、何かがぶつかるような音が聞こえてくる。

 続いて、男の叫び声。

「おい! 誰か助けてくれ!」

 二人は顔を見合わせた。

「行ってみましょう!」

「ああ!」

 セリナが駆け出し、ガルドも大剣を背負い直して後を追った。


 山道を少し進んだ先で、二人は一台の荷馬車を見つけた。

 荷馬車は道の端に傾き、片側の車輪が大きな岩と岩の間にはまり込んでいる。

 馬は驚いて暴れ、荷台に積まれた木箱が今にも崩れ落ちそうだった。

 その周囲では、三人の男たちが必死に馬車を支えている。

「もう少しだ! 押せ!」

「無理だ! びくともしねえ!」

「このままじゃ荷物が全部落ちちまうぞ!」

 男たちの一人が、駆けつけた二人に気づいた。

「お、お前たち! 冒険者か!?」

「そうよ。何があったの?」

 セリナが尋ねる。

「車輪が岩の間にはまっちまったんだ! しかも、荷台が傾いていて、このままじゃ荷物が落ちる!」

 男は焦った様子で説明した。

 荷台には木箱や大きな麻袋が積まれている。

 見たところ、かなりの量だ。

 馬車を引く馬も落ち着きを失っており、御者が必死になだめていた。

「なるほどな!」

 ガルドは馬車の横へ回り込んだ。

「じゃあ、持ち上げればいいんだな!」

「いや、そんな簡単に――」

「よいしょっと!」

 男が止めるより早く、ガルドは馬車の荷台に手をかけた。

 そして、ぐっと腰を落とす。

 次の瞬間。

 傾いていた馬車が、ゆっくりと持ち上がった。

「……は?」

 男たちの動きが止まった。

 ガルドはそのまま馬車を支え、セリナに声をかける。

「セリナ! 車輪の下の岩をどかしてくれ!」

「えっ? あ、分かった!」

 セリナはすぐに動いた。

 車輪の周囲を確認し、邪魔になっている小さな岩を取り除いていく。

「もう少し! その石も!」

「これね!」

 最後の岩が取り除かれる。

「よし、いけるぞ!」

 ガルドは馬車をゆっくりと下ろした。

 車輪が地面に戻り、馬車は元の安定した状態に戻った。

 木箱も麻袋も、一つとして落ちていない。

「……終わったのか?」

 男の一人が呆然とつぶやいた。

「これで大丈夫だ」

 ガルドは手を払った。

「念のため、車輪も確認しておきましょう。軸が曲がっていたら危ないわ」

 セリナが車輪と取り付け部分を調べる。

 幸い、車輪に大きな損傷はなかった。

 御者が馬を落ち着かせ、慎重に馬車を動かしてみる。

 車輪は問題なく回り始めた。

「動いた! 助かったぞ!」

 男たちから歓声が上がった。

「いやあ、本当にありがとう! まさか、あんな力持ちがいるとは思わなかった!」

「大したことないぞ。ちょっと持ち上げただけだしな!」

「ちょっと……?」

 男たちは顔を見合わせた。

 荷物を満載した馬車を、一人で持ち上げる。

 どう考えても、普通の冒険者にできることではない。

 しかし、ガルド本人はまったく気にしていなかった。

「ところで、何を運んでるんだ?」

 ガルドは荷台をのぞき込んだ。

「食料だ。隣町で仕入れたものを、こっちの街まで運んでいるんだよ」

「食料!?」

 ガルドの目が輝いた。

「肉もあるのか!?」

「に、肉?」

「どんな肉だ? うまいのか!?」

「ちょっと、ガルド!」

 セリナが慌てて肩をつかんだ。

「助けた直後に荷物の中身を気にしないの!」

「いや、食料って聞いたら気になるだろ!」

「気になるけど、今は相手が困っていたところでしょう!」

「だから助けただろ?」

「そういう問題じゃないのよ……!」

 男たちは二人のやり取りを見て、どっと笑った。

「はははっ! いいじゃないか。助けてもらったんだ、少しくらいなら礼をさせてくれ!」

 そう言ったのは、荷馬車の持ち主らしい、恰幅のいい中年の男だった。

 彼は荷台から小さな包みを取り出した。

「これは仕入れたばかりの干し肉だ。大したものじゃないが、受け取ってくれ」

「本当か!?」

 ガルドは包みを受け取った。

「ありがとう! 助かった!」

「助けたのはこっちだろうに……」

 男は苦笑した。

「俺は商人のダリオだ。食料品を扱っている。君たちは冒険者か?」

「そうよ。私はセリナ。こっちはガルド」

「よろしくな!」

「こちらこそ。いやあ、今日は本当に運がよかった」

 ダリオは馬車を見ながら、ほっと息を吐いた。

「もしこのまま荷物が落ちていたら、商売にならないところだった。車輪まで壊れていたら、修理にも時間がかかるしな」

「それなら、よかったわ」

 セリナが微笑む。

 ダリオは二人を交互に見てから、ふと思い出したように尋ねた。

「ところで、君たちはこの辺りに何か用事でも?」

「東の山道を調べていたの。最近、森の近くで魔物の動きがおかしいでしょう?」

「ああ、その話か……」

 ダリオの表情が少し曇った。

「実は、俺も気になっていたんだ」

「何か見たのか?」

 ガルドが尋ねる。

「見たというより、商売仲間から聞いた話だ。最近、この辺りを通る商人の間で、妙な噂が広がっている」

「妙な噂?」

「森の奥から、大きな音が聞こえるらしい。それも、一度や二度じゃない。夜になると地面が揺れるほどだって話だ」

 セリナとガルドは顔を見合わせた。

 やはり、あの地響きは気のせいではなかったらしい。

「それと、もう一つ」

 ダリオは声を少し落とした。

「古い街道の近くで、黒い影を見たって話もある。遠くからだったから、何なのかは分からなかったそうだが……」

「黒い影……」

 セリナがつぶやいた。

 昨日見た、あの巨大な魔物。

 やはり、あの辺りを移動しているのだろうか。

「ただの見間違いかもしれないけどな。商人たちも、危険な場所には近づかないようにしている」

「教えてくれてありがとう。ギルドにも報告しておくわ」

「そうしてくれると助かる。俺たち商人には、魔物と戦う力なんてないからな」

 ダリオは肩をすくめた。

 それから、馬車の御者に声をかける。

「よし、そろそろ出発しよう。あまり遅くなると、街に着く前に日が暮れちまう」

 御者がうなずき、馬の手綱を握った。

「冒険者のお二人、本当にありがとう! また街で会ったら声をかけてくれ!」

「おう! 気をつけてな!」

「道中、気をつけてね」

 二人は手を振り、荷馬車を見送った。

 馬車はゆっくりと動き出し、やがて街道の向こうへ消えていった。


「……思わぬところで情報が手に入ったわね」

 セリナが言った。

「ああ。黒い魔物、やっぱりあの辺りにいるんだな」

「そうかもしれない。でも、商人が見た影が同じ魔物だとは限らないわ」

「まあ、そうだな」

 ガルドはうなずいた。

 そして、手に持った干し肉の包みを見つめる。

「……なあ、セリナ」

「何?」

「これ、いつ食べる?」

「今じゃない?」

「いいのか!?」

「助けたお礼にもらったんだから、食べていいでしょう?」

「よっしゃあ!」

 ガルドはさっそく包みを開けた。

 中には、香ばしい匂いのする干し肉が入っている。

 一口かじると、噛むほどに肉のうまみが広がった。

「うまい!」

「本当? 私にも少しちょうだい」

「もちろん!」

 ガルドは包みを差し出した。

 セリナも一切れ受け取り、口に運ぶ。

「……うん、おいしいわね」

「だろ!」

 ガルドは満足そうに笑った。

 こうして二人は、街へ向かう道の途中で小さな休憩を取ることになった。

 森の異変は、まだ解決していない。

 古い岩壁の向こうに何があるのかも分からない。

 けれど、冒険は森の中だけで起きるわけではない。

 街道で困っている人を助けることも、思わぬ相手から話を聞くことも、冒険者の仕事の一つなのだ。

「よし、腹も落ち着いたし、帰るか!」

「そうね。今日はずいぶん寄り道したけど」

「寄り道も冒険だろ!」

「……ふふっ。そうかもしれないわね」

 二人は再び歩き始めた。

 その先には、いつもの街が待っている。

 そして、彼らがまだ知らない新しい出会いも――。

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この記事を書いた人

Web小説書いてます。最強・ファンタジー・冒険・ほのぼの・飯テロが好き。Xアカウントはこちら→

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