街へ戻ったガルドとセリナは、門をくぐったところで足を止めた。
「……なんだ、あれ?」
ガルドが指さした先には、大勢の人だかりができていた。
広場には木製の柵が並べられ、何人もの男たちが大きな声で呼び込みをしている。
普段は露店が並んでいる場所なのだが、今日は様子が違った。
中央には簡易的な舞台が設置され、その脇には大きな木箱や丸太、さらには鉄製の重りまで並べられている。
「何かのお祭りか?」
「みたいね。ちょっと見てみましょうか」
セリナが人だかりに近づく。
すると、威勢のいい男の声が聞こえてきた。
「さあさあ、今年も始まるぞ! 力自慢の冒険者たちよ、腕に覚えがあるなら参加してみろ!」
「優勝賞金は金貨五枚! さらに、鍛冶屋特製の装備品も進呈だ!」
「おおっ!」
ガルドの目が輝いた。
「金貨五枚だってよ!」
「そこに反応するの?」
「金があれば、うまい飯がたくさん食えるだろ!」
「……まあ、そうね」
セリナは苦笑した。
どうやら、彼の頭の中ではすでに賞金の使い道が決まっているらしい。
しかし、賞金だけが目当てというわけでもなさそうだった。
ガルドは会場に並べられた丸太や重りを眺め、どこか楽しそうに拳を握っている。
「なあ、あれって誰でも参加できるのか?」
「冒険者限定ではないみたいね。参加条件を聞いてみましょう」
二人が受付へ向かうと、日に焼けた大柄な男が笑顔で出迎えた。
「おっ、参加希望か?」
「おう! ガルドだ!」
「私はセリナよ」
「俺は大会運営のバルガだ。よろしくな!」
バルガは二人を見比べた。
セリナが弓と双剣を装備しているのは分かる。
だが、ガルドの背中にある大剣を見た途端、彼は目を丸くした。
「……おいおい。その剣、本物か?」
「もちろんだぞ!」
「そんなものを振り回すつもりか?」
「振り回すために持ってるんだろ?」
「そりゃそうだが……」
バルガはしばらく大剣を見つめたあと、豪快に笑った。
「はははっ! 面白い! よし、参加するなら歓迎するぜ!」
「よし!」
ガルドは拳を突き上げた。
「ちょっと待って。私も参加しないといけないの?」
セリナが尋ねる。
「いや、見学だけでも構わないぞ。女性の参加者もいるが、無理に出る必要はない」
「そう。じゃあ、私は見ているわ」
セリナはほっとしたように笑った。
腕力勝負ならともかく、こういう大会でガルドと張り合うつもりはない。
彼の規格外ぶりは、もう十分に知っている。
「ガルド、ほどほどにね」
「おう!」
返事だけは元気だった。
セリナは少しだけ不安になった。
この男の「ほどほど」が、どの程度なのか分からないからだ。
大会の参加者が集まり、広場はますます賑やかになっていった。
冒険者らしい男たちだけでなく、荷運びの仕事をしている者や、鍛冶屋の職人まで参加している。
中には、体格だけならガルドにも負けていない大男もいた。
「よし、まずは第一種目! 丸太運びだ!」
バルガの声が広場に響く。
「指定された場所まで丸太を運び、その速さを競ってもらう! ただし、丸太を落としたら失格だ!」
参加者たちの前に、太い丸太が並べられた。
どれも大人が両腕で抱えるのがやっとという大きさだ。
ガルドは一本を持ち上げ、軽く重さを確かめた。
「ふむ……」
セリナが観客席から声をかける。
「どう? 重そう?」
「いや、軽いぞ!」
「……そう」
セリナは、それ以上何も言わなかった。
合図の鐘が鳴る。
「始め!」
参加者たちが一斉に丸太を担ぎ、走り出した。
ガルドも丸太を肩に担ぐ。
そして――。
「よし、行くぞ!」
走り出した。
いや、走り出したというより、丸太を担いだまま普通に歩くような速度で進んでいる。
だが、その歩幅が異様に大きかった。
あっという間に他の参加者を追い抜き、ゴールへ到着する。
「一着、ガルド!」
審判の声が響いた。
「おおっ! 速いぞ!」
「新人なのに、すげえな!」
観客たちから歓声が上がる。
ガルドは丸太を地面に下ろし、満足そうにうなずいた。
「よし!」
そして、周囲を見回す。
「次は何だ?」
その様子に、セリナは額を押さえた。
「……本当に楽しんでるわね」
隣にいた女性の観客が、感心したように言った。
「彼、すごいですね。あんな大きな丸太を担いで、あの速さなんて」
「ええ。まあ……すごいのは間違いないわ」
セリナは苦笑した。
あれだけの力があれば、荷運びの仕事だけでも一生困らないだろう。
本人にその気があるかは別として。
「第二種目! 重量上げ!」
続いて、鉄製の重りが運び込まれた。
大小さまざまな重りが並べられ、参加者たちは順番に持ち上げていく。
最初は片手で持てる程度のものから始まり、次第に重くなっていった。
参加者の中には、両手で持ち上げた瞬間に顔を真っ赤にする者もいる。
「ぐっ……おおおっ!」
大柄な冒険者が、なんとか重りを頭上まで持ち上げた。
観客から拍手が起こる。
「すごいな!」
ガルドは素直に感心した。
自分の番が来ると、彼は重りの前に立った。
「これを持ち上げればいいんだな?」
「ああ。ただし、持ち上げた状態を三秒間維持してくれ!」
「分かった!」
ガルドは両手で重りをつかんだ。
そして、持ち上げる。
軽々と。
頭上まで。
さらに――。
「これ、片手でもいけるか?」
ガルドは首を傾げた。
「お、おい! 両手で持ち上げれば十分だぞ!」
審判が慌てて声を上げる。
「そうなのか?」
「そうだ!」
「分かった!」
ガルドは素直に重りを下ろした。
会場は、一瞬静まり返った。
今の重りは、他の参加者が二人がかりで持ち上げようとしていたものだった。
それをガルドは、まるで荷物を持つような感覚で扱っていたのである。
「……あいつ、何者だ?」
「新人冒険者だってよ」
「冗談だろ……」
観客席がざわめく。
セリナは小さくため息をついた。
「だから、普通じゃないのよ……」
もっとも、ガルド本人は周囲の反応など気にもしていない。
「なあ、次はもっと重いやつないのか?」
審判は困り果てた顔をした。
「……あるにはあるが、あれは大会記録用の特別な重りだ。普段の競技では使わないぞ」
「じゃあ、それをやろう!」
「いや、だから……!」
バルガが腹を抱えて笑った。
「ははははっ! いいじゃねえか! せっかくだ、試してみろ!」
「親方、本気ですか!?」
「面白そうだからな!」
運営スタッフが、倉庫から特別な重りを運び出してきた。
大きな鉄の塊で、台座に置かれた状態でも存在感がある。
参加者たちが一斉に距離を取った。
「おいおい、あれは普通の人間が持てるものじゃないぞ……」
「前の大会でも、持ち上げられた奴はいなかったはずだ」
ガルドは重りの前に立ち、手を伸ばした。
「よし、いくぞ!」
ぐっと持ち上げる。
重りは、あっさりと地面を離れた。
「おおおおっ!?」
歓声が爆発する。
ガルドはそのまま頭上まで持ち上げ、三秒どころか、しばらくその姿勢を維持した。
「これでいいか?」
「……ああ。十分すぎる」
審判は呆然と答えた。
ガルドは重りをゆっくりと台座へ戻した。
そして、満面の笑みを浮かべる。
「いやあ、いい運動になったな!」
会場中がどよめいた。
セリナは、もはや何も言わなかった。
大会は、その後も続いた。
最後の種目は、木製の武器を使った模擬戦だった。
参加者同士が向かい合い、相手の胸元につけられた布を先に取れば勝ちというルールである。
危険な攻撃は禁止されており、力だけでなく技術や判断力も試される競技だった。
「ガルド、これは力任せにやらない方がいいわよ」
セリナが忠告する。
「分かってるって!」
「本当に?」
「相手の布を取ればいいんだろ?」
「そうだけど……」
セリナは不安を拭えなかった。
ガルドは強い。
だが、技術を競う場でどこまで通用するかは分からない。
最初の対戦相手は、槍を扱う若い冒険者だった。
「俺はロニーだ。よろしく頼む!」
「ガルドだ! よろしくな!」
二人は向かい合い、木製の武器を構えた。
審判が手を上げる。
「始め!」
ロニーが素早く踏み込み、槍を突き出した。
狙いはガルドの胸元。
ガルドは大剣の代わりに持った木剣を横へ動かし、槍の軌道をそらした。
「なっ!?」
ロニーが体勢を崩す。
ガルドはその隙に一歩踏み込み、相手の胸元へ手を伸ばした。
布を取る。
「勝者、ガルド!」
「えっ、もう終わり!?」
観客から笑い声が上がった。
ロニーは悔しそうに頭をかいた。
「くそっ、力が強いだけじゃなく、反応も速いのかよ!」
「いや、今のは槍が来たから、どかしただけだぞ?」
「それが簡単にできたら苦労しないんだよ!」
ロニーは笑いながら手を差し出した。
ガルドはその手を握り返す。
「またやろうぜ!」
「ああ。次は負けないからな!」
こうして、ガルドは次々と勝ち進んでいった。
力だけに頼るのではなく、相手の動きを見て、隙ができたところで一気に距離を詰める。
大剣を扱うために自然と身についた間合いの感覚が、木剣での模擬戦にも活かされていた。
そして、決勝戦。
ガルドの前に立ったのは、屈強な体格をした冒険者だった。
「俺はダグラス。普段は護衛依頼を受けている」
「ガルドだ!」
「お前の力は見せてもらった。だが、模擬戦は力比べじゃない。そう簡単には勝たせんぞ」
「おお! 楽しみだな!」
ダグラスは木剣を構えた。
構えに無駄がない。
重心も安定しており、ただの力自慢ではないことが分かった。
審判が手を上げる。
「始め!」
ダグラスが動いた。
正面から攻めると見せかけて、直前で踏み込みを変える。
木剣がガルドの脇を狙った。
だが、ガルドは半歩下がって攻撃をかわし、相手の腕へ木剣を軽く当てた。
ダグラスはすぐに体勢を立て直し、今度は連続して攻め込む。
ガルドはそれを受け流し、かわし、時には木剣で押し返した。
観客席が静かになった。
ガルドは大剣を使っているときほど豪快ではない。
それでも、相手の動きをよく見ている。
そして、ダグラスの攻撃がわずかに大きくなった瞬間。
「そこだ!」
ガルドが踏み込んだ。
木剣で相手の武器を押さえ、空いた手で胸元の布をつかむ。
あっという間だった。
「勝者、ガルド!」
審判の声が響いた。
一瞬の静寂。
そして、大きな歓声が広場を包み込んだ。
「すげえぞ、新人!」
「今年の優勝者は決まりだな!」
「おい、あいつ本当に新人なのか!?」
ダグラスは驚いた顔をしたあと、豪快に笑った。
「ははっ! 参った! まさか、あそこまで簡単に間合いを詰められるとはな!」
「いや、最後はたまたまだぞ!」
「たまたまで取られてたまるか!」
二人は笑いながら握手を交わした。
セリナは観客席から拍手を送った。
「おめでとう、ガルド!」
「おう!」
ガルドは満面の笑みで手を振った。
その顔を見て、セリナも自然と笑顔になった。
大会が終わり、ガルドは優勝賞金の金貨五枚と、鍛冶屋特製の装備品を受け取った。
装備品は、腕を保護するための丈夫な革製の手甲だった。
「おお! これ、使いやすそうだな!」
ガルドはさっそく手にはめてみた。
「よく似合っているわよ」
セリナが言う。
「本当か?」
「ええ。大剣を振るときにも役立ちそうね」
「よし! 大事に使うぞ!」
ガルドは嬉しそうにうなずいた。
そして、賞金袋を大事そうにしまう。
「さて……」
彼は広場を見渡した。
「飯だな!」
「やっぱり、そうなるのね」
セリナは笑った。
「優勝したんだから、今日は少し豪華にしましょうか」
「本当か!?」
「ええ。私も今日はお腹が空いたわ」
「よし! 肉を食いに行こう!」
二人は広場を後にした。
向かったのは、街でも評判の肉料理店だった。
店に入ると、香ばしい匂いが二人を迎える。
ガルドは迷うことなく、分厚いステーキと焼きソーセージ、それに肉入りの煮込み料理を注文した。
セリナも笑いながら、いつもより少し豪華な料理を頼んだ。
「それにしても、今日はすごかったわね」
料理を待つ間、セリナが言った。
「何がだ?」
「大会よ。あんなに簡単に勝ち進むなんて思わなかった」
「そうか? みんな強かったぞ!」
「あなたが言うと、嫌味に聞こえるわね……」
「えっ、なんでだ?」
セリナはくすりと笑った。
「何でもないわ」
やがて、料理が運ばれてきた。
ガルドは目を輝かせ、両手を合わせる。
「いただきます!」
熱々のステーキを口に運ぶ。
肉汁が広がり、香ばしい焼き目の風味が口いっぱいに広がった。
「うまいっ!」
ガルドの声が店内に響く。
「そんなにおいしい?」
「おう! セリナも食ってみろ!」
ガルドは自分の皿から一切れ切り分け、彼女の皿へ移した。
「えっ……ありがとう」
セリナは少し驚きながらも、笑顔で受け取った。
ひと口食べる。
「……本当ね。すごくおいしい」
「だろ!」
ガルドは満足そうにうなずいた。
セリナはそんな彼を眺めながら、ふと思った。
この男は、強さを誇ろうとしない。
勝ったからといって威張ることもなければ、相手を見下すこともない。
ただ、目の前のことを全力で楽しんでいる。
それが、ガルドという冒険者なのだろう。
「ねえ、ガルド」
「ん?」
「これからも、いろんな依頼を一緒に受けましょうね」
ガルドは一瞬きょとんとしたあと、笑顔でうなずいた。
「もちろんだ! セリナと一緒なら、どんな冒険も楽しそうだからな!」
「……っ」
セリナの頬が、ほんのり赤くなった。
しかし、ガルドは気づかない。
「それに、二人ならいろんな町に行けるだろ? 町ごとにうまい飯があるかもしれないしな!」
「……もう。結局、そこなのね」
セリナは呆れたように笑った。
それでも、その表情は嬉しそうだった。
窓の外では、夕日が街並みを赤く染め始めている。
森の異変は、まだ続いている。
黒い巨影の正体も、古い岩壁の向こうにあるものも、分からないままだ。
けれど、冒険者の毎日は、それだけではない。
街で新しい仲間と出会うこともある。
思いがけない大会で優勝することもある。
そして、うまい飯を食べながら、次の冒険を楽しみにする夜もある。
「なあ、セリナ」
「何?」
「明日は何をする?」
「そうね……たまには、のんびり過ごすのもいいんじゃない?」
「のんびり?」
「ええ。買い物をしたり、街を散歩したり」
ガルドは少し考えた。
「……食べ歩きもありか?」
「ふふっ。もちろん」
「よし! 明日は食べ歩きだ!」
ガルドは勢いよく宣言した。
セリナは笑いながら、グラスを手に取った。
次の冒険が始まるまで、もう少しだけ。
二人には、楽しい夜が続いていた。
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