MENU

第27話「新人冒険者、村の困りごとを解決する」

 街道を進む荷馬車は、やがて緩やかな丘を越えた。

 その向こうに、木造の家々と広々とした畑が見えてくる。

「あれがリンド村だ」

 御者席のマルコが、前方を指さした。

「おお! 畑がいっぱいあるな!」

 ガルドは目を輝かせた。

 村の周囲には、緑の葉を茂らせた畑が広がっている。畑の間を流れる小川は澄んでいて、風に揺れる麦の穂がきらきらと輝いていた。

「野菜が名物っていうのも納得ね」

 セリナが景色を眺めながら言った。

「カブもあるのかな?」

「あると思うわよ」

「肉と煮込んだらうまいんだよな!」

「村に着く前から、料理のことばかりね……」

 セリナは苦笑した。

 けれど、ガルドの気持ちも分からなくはない。

 知らない土地へ行き、そこでしか食べられないものを味わう。それも冒険の楽しみの一つなのだろう。

 やがて荷馬車は村の入口へと到着した。

 入口には簡素な木の門があり、そのそばで数人の村人が荷下ろしの準備をしていた。

「マルコさん、お帰りなさい!」

「おう! 頼まれていた品物を持ってきたぞ!」

 村人たちが笑顔で駆け寄ってくる。

 マルコは馬車を止め、積んでいた荷物を確認した。

「二人とも、ここまでありがとう。おかげで助かったよ」

「いえ、依頼ですから」

 セリナが答える。

「それに、無事に届けられてよかった!」

 ガルドも笑顔で頷いた。

 そのとき、村人の一人がガルドの背中にある大剣に気づいた。

「おや? ずいぶん大きな剣だねえ」

「これか? 俺の相棒だ!」

「相棒……。ははっ、頼もしいねえ!」

 村人は豪快に笑った。

 その様子を見て、マルコも笑顔になる。

「そうだ。せっかく来たんだし、昼飯を食べていくといい。村の料理はうまいぞ」

「本当か!」

 ガルドの声が一段と大きくなった。

「もちろんだ。特に、うちの村のカブ料理は自慢なんだ」

「カブ料理……!」

 ガルドは拳を握りしめた。

 セリナは、もう何も言わなかった。

 どうやら、今日のガルドを止めるのは無理そうだった。


 マルコに案内され、二人は村の中心にある食堂へ向かった。

 建物は町の食堂より小さかったが、店内には木のテーブルが並び、窓からは畑が見渡せた。

 昼時ということもあり、村人たちが楽しそうに食事をしている。

「いらっしゃい!」

 店の奥から、恰幅のいい女性が顔を出した。

「おや、マルコ。帰ってきたのかい」

「今着いたところだ。こちらは護衛をしてくれた冒険者のガルドとセリナだ」

「そうかい! それはご苦労さま。ゆっくり食べていきな!」

「ありがとうございます!」

 セリナが礼を言う。

 ガルドはすでに、店内を見回していた。

 壁に貼られた料理の札。

 大鍋から立ち上る湯気。

 そして、厨房から漂ってくる香ばしい匂い。

「おばちゃん! おすすめは何だ?」

「そうだねえ。今日はカブと肉の煮込みがあるよ。あとは焼きソーセージに、野菜のスープ。それから、畑で採れたばかりの豆を使った料理もあるね」

「全部くれ!」

「全部!?」

 店の女性が目を丸くした。

 セリナが慌ててガルドの腕をつかむ。

「待ちなさい! まずは二人分を頼むの!」

「え? でも全部うまそうだぞ?」

「分けて食べればいいでしょう!」

「なるほど!」

 ガルドは納得したように頷いた。

 女性は楽しそうに笑いながら、注文を厨房へ伝えた。

 しばらくすると、テーブルの上に料理が並べられた。

 大きな皿に盛られた焼きソーセージ。

 湯気の立つ野菜スープ。

 そして、肉とカブがたっぷり入った煮込み料理。

 ガルドは目の前の皿をじっと見つめた。

「……すごい」

「ふふっ。そんなに嬉しい?」

「当たり前だろ!」

 ガルドは匙を手に取り、煮込み料理を一口食べた。

 柔らかく煮込まれた肉から旨味が広がり、カブは口の中でほろりと崩れた。

「うまいっ!」

 思わず声が出た。

「肉が柔らかい! それに、このカブ、甘いぞ!」

「うちの畑で採れたカブだからねえ」

 店の女性が嬉しそうに答えた。

 セリナも一口食べ、目を細めた。

「本当だわ。味がよく染みてる。カブ自体も甘くておいしいわね」

「この組み合わせ、最高だ!」

 ガルドは次々と料理を口へ運んでいく。

 セリナは自分の皿を食べながら、その様子を眺めていた。

 ガルドと一緒にいると、食事の時間まで妙に楽しく感じる。

 本人は料理に夢中で、こちらの視線にはまったく気づいていないけれど。

 そのときだった。

 食堂の扉が勢いよく開いた。

「大変だ!」

 息を切らした若い男性が飛び込んできた。

「畑のほうで、荷車がひっくり返った!」

「何だって?」

 店の女性が声を上げる。

「収穫したカブを積んでいた荷車だ! 車輪が壊れて、荷物が道に散らばっちまった!」

「怪我人は?」

 マルコが尋ねた。

「幸い、怪我はない。でも、荷車が道を塞いでいて、ほかの荷車も通れないんだ!」

 食堂の空気が変わった。

 村では、収穫した作物を運ぶ荷車は大切なものだ。

 壊れたままでは、これから運ぶ予定の野菜にも影響が出てしまう。

 村人たちはすぐに立ち上がった。

「私たちも手伝おう!」

「車輪を直せる者を呼んでくる!」

 慌ただしく人々が動き始める。

 ガルドは、皿に残った煮込み料理を見つめた。

 それから、扉の向こうへ視線を移す。

「……ガルド?」

 セリナが声をかけた。

「手伝いに行こう」

 ガルドは立ち上がった。

「でも、料理はまだ残ってるわよ?」

「あとで食べる!」

 そう言うと、ガルドは大剣を背負い直し、食堂を飛び出した。

 セリナは一瞬だけ驚き、それから小さく笑った。

「……本当に、放っておけない人ね」

 そう呟き、彼の後を追った。


 畑へ続く道では、すでに十人ほどの村人が集まっていた。

 道の真ん中で荷車が大きく傾き、片方の車輪が外れている。

 荷台に積まれていたカブが、道の脇にごろごろと転がっていた。

「これはひどいわね……」

 セリナが周囲を確認する。

 幸い、荷車を引いていた馬に怪我はない。

 荷車の持ち主らしい老人も無事だったが、困り果てた表情を浮かべていた。

「いやあ、申し訳ない。ちょっとした段差に車輪を取られてしまってな」

「爺さん、怪我はないか?」

 ガルドが尋ねる。

「ああ、大丈夫じゃ。だが、荷車がこのままではどうにもならん」

 老人は外れた車輪を見つめた。

 車輪の軸が折れているらしい。

「持ち上げるだけならできるけど、これじゃ直さないと動かせないな」

 ガルドが腕を組む。

「そうね。まずは荷物を降ろして、荷車を道の端へ移しましょう。修理はそれからよ」

 セリナの提案に、村人たちが頷いた。

 ところが、荷車には大量のカブが積まれている。

 一つずつ運び出していては、かなり時間がかかりそうだった。

「よし、俺がやる!」

 ガルドは荷台の横に回った。

「えっ?」

 村人たちが驚く中、ガルドは荷車の傾きを直しながら、荷台を少し持ち上げた。

 そのまま荷物が崩れないように支え、空いた手で村人たちへ声をかける。

「今のうちに、カブを降ろしてくれ!」

「お、おう!」

 村人たちは慌てて荷台へ手を伸ばした。

 ガルドが荷車を支えている間に、次々とカブが運び出されていく。

 普通なら大人が何人も集まって、ようやく傾きを抑えられるような荷車だ。

 それをガルドは、一人で平然と支えていた。

「よし、これで全部か?」

「いや、まだ奥に少し……」

「分かった!」

 ガルドは荷車をさらに安定させた。

 最後のカブが運び出されると、ようやく荷台が空になる。

「よし! もう大丈夫だ!」

 ガルドは荷車をそっと地面へ下ろした。

 どん、と鈍い音が響く。

 村人たちは、しばらく言葉を失っていた。

「……あんた、本当に冒険者なのか?」

 老人がぽつりと呟いた。

「そうだぞ!」

「いや、そういう意味ではなくてだな……」

 セリナが苦笑する。

「この人、力だけは本当にすごいんです」

「だけ、って何だよ!」

「褒めてるのよ」

「ならいい!」

 ガルドはあっさり納得した。

 村人たちから笑い声が上がる。

 張り詰めていた空気が、少しずつ和らいでいった。


 荷車を道の端へ移したあと、村人たちは修理の準備を始めた。

 セリナは折れた車軸を確認し、使えそうな部品がないか探している。

 ガルドはというと、転がったカブを拾い集めていた。

「これで全部かな?」

「ああ、助かったよ。ありがとう」

 老人が深々と頭を下げる。

「気にするな! それより、このカブは食べられるのか?」

「もちろんじゃ。うちの畑で採れたものだからな」

「おお!」

 ガルドの表情がぱっと明るくなる。

 老人はその反応を見て、声を上げて笑った。

「ははは! よほど食べるのが好きなんじゃな!」

「大好きだ!」

「それなら、今度うちに来るといい。新鮮なカブをたっぷり食べさせてやろう」

「ええ、ぜひ!」

 セリナが先に答えた。

 ガルドは驚いて彼女を見る。

「セリナも食べたいのか?」

「おいしいものは、私だって食べたいわよ」

「そうか! じゃあ、一緒に行こう!」

「……うん」

 セリナは小さく頷いた。

 そのやり取りを見ていた老人は、何かを察したように目を細めたが、何も言わずに笑っていた。

 やがて、村人たちの協力もあって荷車の修理は無事に終わった。

 折れた車軸は応急処置を施され、ゆっくりなら走れる状態になった。

 村人たちは何度も二人に礼を言った。

「本当に助かったよ!」

「二人がいてくれてよかった!」

「また村に来てくれ!」

 ガルドは照れくさそうに頭をかいた。

「そんなに礼を言われるようなことじゃないぞ!」

 セリナは、その横顔を見て微笑んだ。

 ガルドにとって、人を助けることは特別なことではない。

 ただ、困っているから手を貸した。

 それだけなのだ。

 だからこそ、村人たちの感謝にも気負いがない。

 その自然さが、セリナには少し眩しく感じられた。


 食堂へ戻ると、店の女性が二人を待っていた。

「お帰り! 料理は温め直しておいたよ!」

「おおっ!」

 ガルドは席に着くなり、煮込み料理を見つめた。

 温め直されたカブと肉から、再び湯気が立ち上っている。

「待ってた!」

「さっきも食べていたでしょう……」

「これは別腹だ!」

「そんな言葉、どこで覚えたのよ!」

 セリナが笑う。

 マルコも一緒に席へ着き、村の料理を楽しんだ。

 食事を終えるころには、ガルドはすっかり村の人々と打ち解けていた。

 店の女性からは焼き菓子をもらい、老人からは新鮮なカブを食べに来る約束まで取りつけていた。

「ガルド、帰るわよ」

「分かった! ……あ、もう一つだけ焼き菓子をもらってもいいか?」

「あなたねえ……」

 セリナは呆れたように笑いながらも、止めはしなかった。

 二人は村人たちに見送られ、町へ戻る準備を始めた。

 護衛依頼は無事に完了した。

 それだけではない。

 村の人々と出会い、困りごとを解決し、温かい食事まで楽しむことができた。

 ガルドは満足そうに腹をさすった。

「いい村だったな!」

「ええ。また来たいわね」

「次はカブをもっと食べたい!」

「はいはい」

 セリナは笑いながら頷いた。

 そのとき、村の入口でマルコが二人を呼び止めた。

「そうだ、二人とも。帰り道は気をつけてくれ」

「何かあるのか?」

 ガルドが尋ねる。

 マルコは少しだけ表情を引き締めた。

「ここ数日、村の北にある丘で妙な音がするんだ。夜になると、地面が揺れることもあるらしい」

 セリナの表情が変わった。

「地面が揺れる……?」

「ああ。最初は荷車の音かと思ったんだが、そうじゃないらしい。村の猟師も、見慣れない魔物の足跡を見たと言っていた」

 ガルドとセリナは顔を見合わせた。

 街道に現れたグラスファング。

 北の森から移動してきたかもしれない魔物たち。

 そして、今度はリンド村の北にある丘だ。

 それぞれが無関係だとは、言い切れなくなっていた。

「分かった。気をつけて帰るよ」

 ガルドが答えた。

 セリナも頷く。

「何かあったら、俺たちに言ってくれ!」

「ありがとう。頼りにしているよ」

 二人はマルコに別れを告げ、町へ続く街道へと歩き出した。

 穏やかな風が吹き、畑の葉が揺れている。

 村はいつも通りの平和な姿を取り戻していた。

 けれど、その北に広がる丘の向こうでは――。

 誰も知らない何かが、ゆっくりと動き始めていた。

スポンサーリンク
よかったらシェアしてね!
  • URLをコピーしました!
  • URLをコピーしました!

この記事を書いた人

Web小説書いてます。最強・ファンタジー・冒険・ほのぼの・飯テロが好き。Xアカウントはこちら→

コメント

コメントする

目次