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第20話「新人冒険者、森の異変を報告する」

 森を離れたガルドとセリナは、街道を歩いていた。

 太陽はまだ高い位置にある。

 けれど、二人の表情はいつもより真剣だった。

「……あれ、いったい何だったんだろうね」

 セリナが、森の方を振り返る。

 先ほど目撃した黒い巨体。

 全身を覆う硬そうな黒い鱗に、背中に並んだ鋭い突起。そして、遠くからでもはっきりと分かるほどの巨体。

 これまで二人が遭遇した魔物とは、明らかに格が違っていた。

「さあな。でも、でかかったな!」

「感想がそれなの?」

「ほかに何かあるか?」

「……まあ、確かに大きかったけど」

 セリナは苦笑した。

 ガルドにとって、どれだけ巨大な魔物であっても、まず目につくのは大きさなのだろう。

 ただし、今回ばかりは彼も不用意に近づこうとはしなかった。

 あの魔物がこちらに気づけば、何が起きるか分からない。

 それだけは、ガルドにも理解できていた。

「それに、あの魔物……何かを探しているように見えたわ」

「岩を見てたやつか?」

「ええ。あの岩には、爪で引っかいたような跡があったでしょう? それに、魔物が移動した先には古い岩壁があった」

 セリナは考え込むように、顎に手を添えた。

「偶然かもしれない。でも、何か関係がある可能性は高そうね」

「じゃあ、あの岩壁の向こうに何かあるのか?」

「それを確かめるためにも、まずはギルドに報告しないと」

「そうだな。……帰ったら飯にしよう」

「今の話、ちゃんと聞いてた?」

「聞いてたぞ。岩壁を調べる前に飯だ!」

「そこは忘れないのね……」

 セリナは呆れたように息を吐いた。

 しかし、いつもの調子を取り戻したガルドを見て、少しだけ安心してもいた。

 未知の魔物を前にしても、必要以上に怯えない。

 それは彼の強さなのか、それとも単に怖いもの知らずなだけなのか。

 セリナには、まだ判断がつかなかった。


 街に戻った二人は、寄り道をせずに冒険者ギルドへ向かった。

 扉を開けると、昼過ぎのギルドは多くの冒険者で賑わっていた。

 依頼を探す者、仲間と食事の話をする者、カウンターで報酬を受け取る者。

 いつもと変わらない光景だ。

「お帰りなさい、ガルドさん、セリナさん。北の森の調査はどうでしたか?」

 受付嬢が二人に気づき、声をかけてきた。

「ちょっと、とんでもないものを見つけたわ」

 セリナの言葉に、受付嬢の表情が引き締まった。

「とんでもないもの、ですか?」

「ああ。黒くて、でかくて、鱗が生えてる魔物だ!」

 ガルドが両手を広げて説明する。

 その仕草を見た受付嬢は、困ったように首を傾げた。

「ええと……もう少し詳しくお願いできますか?」

「もっと詳しく?」

「そうね。私たちが見たのは、四本足で歩く巨大な魔物よ。全身が黒い鱗に覆われていて、背中には棘のような突起が並んでいたわ。長い尻尾もあった」

 セリナが落ち着いて説明を続ける。

「それと、森の東側にある岩場で見つけたの。大きな岩に残された傷を調べていたみたいだった」

「岩に残された傷……ですか?」

「ええ。魔物が通った跡も、普通じゃなかったわ。地面が深くえぐれていたし、周囲の小さな魔物は逃げ出していた」

 受付嬢はすぐに記録用の紙を取り出した。

「少々お待ちください。ギルドマスターを呼んできます」

 彼女は近くの職員に声をかけると、奥の部屋へと向かった。

 その様子を見ていた冒険者たちが、何事かと二人に注目し始める。

「おい、またあの新人たちか?」

「北の森の調査に行ってたんだろ?」

「今度は何を見つけたんだ……?」

 ガルドは周囲の視線を気にすることなく、腹を押さえた。

「セリナ、飯はまだか?」

「報告が終わってからよ」

「まだ終わってないのか……」

「あなたが話をややこしくするからでしょう!」

 セリナが小声で突っ込んだところで、奥の扉が開いた。

「二人とも、詳しく聞かせてもらおう」

 現れたのは、ギルドマスターだった。

 いつもの落ち着いた表情だが、二人の前に立つと真剣な目を向けた。

「こちらへ来てくれ」

 案内されたのは、ギルドの奥にある小さな会議室だった。

 机を挟んで向かい合うと、ギルドマスターは早速口を開いた。

「黒い鱗の巨大な魔物……。実は、今日の午前中にも似た報告が入っている」

「えっ?」

 セリナが驚いた。

「別の冒険者が、東の山道から森へ向かう途中で、遠くに黒い巨大な影を見たそうだ。姿までは確認できなかったらしいが、地響きが聞こえたと言っていた」

「じゃあ、私たちが見た魔物と同じかもしれないのね」

「ああ。その可能性は高い」

 ギルドマスターは机の上に地図を広げた。

 そこには、これまでに異変が報告された場所が記されている。

 北の森。

 西側の岩場。

 東の山道。

 どれも離れた場所だが、地図を眺めていると、一つの共通点が浮かび上がってくる。

「……森を中心に、異変が広がっている?」

 セリナがつぶやいた。

「そう考えている。最初は単なる魔物の移動だと思われていた。だが、目撃情報が増え、通常なら森の奥にいるはずの魔物まで街道付近に現れている」

 ギルドマスターは地図の東側を指で示した。

「そして、今回の黒い魔物だ。正体は不明だが、これまでの報告にある魔物とは規模が違う」

「戦ったら強いのか?」

 ガルドが尋ねた。

「強いかどうかを判断できるだけの情報がない。だからこそ、危険なんだ」

 ギルドマスターはきっぱりと言った。

「相手の能力も、習性も、目的も分からない。今の段階で討伐隊を組むにしても、準備が足りない」

 ガルドはうなずいた。

「じゃあ、もっと調べるのか?」

「そうだ。ただし、二人だけで無理に近づくのは避けてほしい」

 ギルドマスターの視線が、ガルドに向く。

「君の実力は、これまでの報告である程度把握している。だが、どれほど強くても、相手のことが分からないまま戦うのは危険だ」

「分かった。見つけても、すぐには斬らない」

「……本当に分かっているんだろうな?」

「もちろんだ!」

 ガルドは自信満々に答えた。

 セリナは小さくため息をついた。

 この男の場合、相手が襲ってきたら反射的に剣を振るいそうである。

 もっとも、先ほどは自分から戦いを仕掛けずに観察していた。

 その判断は、セリナも評価していた。

「それと、もう一つ気になることがある」

 ギルドマスターが言った。

「君たちが見たという、古い岩壁についてだ」

「岩壁?」

「ああ。東側の山道から森へ入った先に、古い岩壁がある。昔からある場所だが、詳しいことは分かっていない。普段は魔物もあまり近づかない場所だ」

 セリナは、目撃した黒い魔物の姿を思い返した。

 あの巨体が岩壁の前で立ち止まり、低くうなっていた光景。

 まるで、その向こうに何かがあると知っているかのようだった。

「その岩壁について、何か記録は残っていないの?」

「調べさせているところだ。古い地図や記録が見つかれば、何か分かるかもしれない」

「なら、まずはそっちを調べるべきだな」

 ガルドが言った。

「魔物を追いかけるより、岩壁を見に行った方がいいんじゃないか?」

「……珍しくまともなことを言ったわね」

「そうか?」

「いつもなら『追いかけて倒せば分かる!』って言いそうだから」

「そんなこと言わないぞ!」

「本当に?」

「……相手が襲ってきたら、倒すかもしれないけどな」

「ほら!」

 セリナの声が会議室に響いた。

 ギルドマスターは、思わず額に手を当てた。

 だが、二人のやり取りを見ているうちに、張り詰めていた表情が少しだけ和らいだ。

「とにかく、今日のところは十分だ。今回の情報は、ギルドで共有しておく。岩壁について何か分かったら、こちらから連絡しよう」

「分かったわ」

「了解だ!」

 二人は会議室を出た。


 ギルドの受付前まで戻ってきたところで、ガルドの足がぴたりと止まった。

 視線の先にあったのは、依頼掲示板ではない。

 併設された食堂の入口だった。

 ちょうど厨房から、焼いた肉の香ばしい匂いが漂ってくる。

「……セリナ」

「何?」

「肉の匂いがする」

「そうね」

「食っていいか?」

「報告が終わったら食べていいって言ったでしょう?」

「終わったぞ!」

「……そうだったわね」

 セリナは思わず笑った。

「いいわよ。今日は私もお腹が空いたし」

「よし!」

 ガルドは勢いよく食堂へ向かった。

 席に着くなり、彼は肉料理をいくつも注文した。

 セリナもスープとパン、それに焼き野菜を頼む。

 ほどなくして、熱々の料理が運ばれてきた。

「いただきます!」

 ガルドはさっそく肉にかぶりついた。

「うまい!」

「本当に、食べているときは幸せそうね」

「うまいものを食ってるんだから、当たり前だろ!」

 ガルドは二口目を頬張りながら答えた。

 セリナはその姿を眺め、ふと窓の外へ目を向けた。

 街の向こうには、遠く山並みが見えている。

 その先にある森では、正体の分からない巨大な魔物が動いている。

 いったい、何を探しているのか。

 なぜ、森の魔物たちは逃げ出しているのか。

 そして、あの古い岩壁には何があるのか。

 分からないことばかりだった。

「……早く、何か分かるといいわね」

 セリナがぽつりとつぶやく。

「ん? 何か言ったか?」

「何でもないわ」

 彼女は微笑み、スープを口に運んだ。

 今はまだ、情報が足りない。

 焦って森へ向かうより、準備を整えてから動いた方がいい。

 それはセリナにも、ガルドにも分かっていた。

 ただし――。

「セリナ、明日も森に行くなら、朝飯は多めに食べておこう!」

「……まだ調査に行くって決まったわけじゃないんだけど?」

「でも、行くかもしれないだろ?」

「それはそうだけど……」

「腹が減ったら戦えないからな!」

「あなたの場合、腹がいっぱいでも戦いそうだけどね」

 セリナは笑いながら答えた。

 ガルドも、つられて笑う。

 そんな二人の知らないところで、ギルドの奥ではすでに調査が始まっていた。

 古い記録を探す職員。

 過去の魔物の目撃情報を確認する冒険者。

 そして、東の山道から戻ってきた別の調査員が、新たな報告を届けようとしていた。

 その報告が、二人を再び森へ向かわせることになるとは――。

 まだ、誰も知らなかった。

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この記事を書いた人

Web小説書いてます。最強・ファンタジー・冒険・ほのぼの・飯テロが好き。Xアカウントはこちら→

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