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第32話「新人冒険者、空から降ってきた少女を助ける」

 冒険者ギルドでの依頼を終えた帰り道。

 ガルドは大剣を背負い、隣を歩くセリナに尋ねた。

「なあ、セリナ。今日は何を食べる?」

「……依頼の報酬を受け取ったばかりなのに、もう夕食のこと?」

「当たり前だろ! 働いたら腹が減る!」

「あなたの場合、働いていなくてもお腹が減っている気がするけど」

「よく分かったな!」

「褒めてないわよ……」

 セリナは小さくため息をついた。

 とはいえ、彼女自身も少しお腹が空いている。

 今日はいつもの酒場ではなく、街の外れにある串焼き屋に寄ってみるのも悪くないかもしれない。

 そんなことを考えていた、そのときだった。

「――きゃああああっ!」

 突然、頭上から悲鳴が響いた。

「ん?」

 ガルドが顔を上げる。

 青空の向こうから、何かがこちらへ向かって落ちてきていた。

 よく見ると、それは人間だった。

 銀色の髪をなびかせた少女が、両手をばたばたと振りながら落下している。

「ちょっ……人!?」

 セリナが驚きの声を上げた。

「おお! 大変だ!」

 ガルドは考えるより先に走り出した。

 地面を蹴り、落下地点へと飛び込む。

「受け止めるぞーっ!」

「ええっ!? ちょっと、ガルド!?」

 セリナの叫び声が響く中、ガルドは両腕を大きく広げた。

 次の瞬間。

 ぽすんっ。

「……へ?」

 少女は、ガルドの腕の中にすっぽりと収まっていた。

 勢いで少し後ろによろめいたものの、ガルドはしっかりと踏ん張り、少女を落とさずに受け止めていた。

「……間に合ったぞ!」

「ま、間に合った、じゃないわよ! あなた、何を考えてるの!?」

 駆け寄ってきたセリナが、ガルドの肩をつかんだ。

「何って、落ちてきたから受け止めたんだぞ?」

「そういう問題じゃないの!」

「……あの」

 腕の中から、小さな声がした。

 三人の視線が集まる。

 銀色の髪の少女は、ぱちぱちと目を瞬かせていた。

 年齢は十六、七歳ほどだろうか。

 白を基調とした旅装束に、いくつもの小さな鞄を身につけている。腰には古びた革袋があり、背中には細長い杖がくくりつけられていた。

「あの……もう、降ろしていただいても大丈夫です」

「おっと、悪い!」

 ガルドは少女をそっと地面に降ろした。

 少女は服についた土埃を払い、乱れた髪を整える。

 それから、深々と頭を下げた。

「助けていただいて、ありがとうございます。危うく大変なことになるところでした」

「気にするな。怪我はないか?」

「はい。おかげさまで」

 少女は微笑んだ。

 しかし、その直後。

 ぐうううう……。

 静かな道に、やけにはっきりと腹の音が響いた。

 少女の顔が、みるみる赤くなる。

「……すみません」

 ガルドの目が輝いた。

「腹が減ってるのか!?」

「え、ええ……。実は、朝から何も食べていなくて」

「よし、飯を食いに行こう!」

「えっ?」

「ちょっと、ガルド。初対面の相手をいきなり食事に誘わないの」

「でも腹が減ってるんだぞ? 放っておけないだろ!」

「それはそうだけど……」

 セリナは言い返しかけて、口を閉じた。

 確かに、こんなに空腹そうな少女を放っておくのも気が引ける。

 少女は二人を交互に見て、遠慮がちに尋ねた。

「……本当に、ご一緒してもいいんですか?」

「もちろんだ!」

 ガルドは満面の笑みで答えた。

「俺、肉のうまい店を知ってるんだ!」

「どうして食事の話になると、そんなに頼もしいのかしら……」

 セリナは呆れながらも、少女に優しく微笑みかけた。

「私はセリナ。こっちはガルドよ。とりあえず、お店でゆっくり話しましょう」

「ありがとうございます。私はエリシアといいます」

 こうして三人は、街へ向かうことになった。

 この出会いが、思いもよらない冒険につながるとも知らずに。


 街の大通りから少し外れた場所に、その店はあった。

 炭火で焼かれた肉の香ばしい匂いが、通りにまで漂っている。

「ここだ!」

 ガルドは勢いよく店の扉を開けた。

「いらっしゃい! 三人かい?」

「そうだ! 肉を頼む!」

「まずは席に座りなさい!」

 セリナに襟を引っ張られ、ガルドは素直に席へ向かった。

 エリシアは二人のやり取りを見ながら、くすりと笑う。

 やがて注文した料理が運ばれてきた。

 大きな皿に盛られた焼き肉と、湯気を立てる野菜のスープ。それに、焼きたてのパンまでついている。

 エリシアはしばらく料理を見つめていたが、やがて小さく手を合わせた。

「いただきます」

 ひと口食べた瞬間、彼女の表情がぱっと明るくなった。

「……おいしい!」

「だろ!?」

 なぜかガルドが誇らしげに胸を張った。

「いや、あなたが作ったわけじゃないでしょう」

「うまい店を知ってるのも実力のうちだ!」

「その理屈、初めて聞いたわ……」

 和やかな食事が進むにつれ、エリシアの緊張もほぐれていった。

 そして、食後のお茶が運ばれてきた頃。

 セリナが改めて尋ねた。

「それで、エリシアはどうして空から降ってきたの?」

「……あっ」

 エリシアは気まずそうに視線をそらした。

「実は、空を飛ぶ魔法の練習をしていたんです」

「空を飛ぶ魔法?」

 ガルドが身を乗り出した。

「すごいな! 俺も飛べるようになるのか!?」

「あなたは普通に歩いていても、ときどき飛び跳ねているじゃない」

「そうか?」

「そうよ」

 セリナは即答した。

 エリシアは苦笑しながら説明を続けた。

「遠くまで移動するために、飛行魔法を使っていたのですが……途中で魔力の配分を間違えてしまって。着地する前に、魔法が切れてしまったんです」

「なるほどな!」

「なるほど、じゃないわよ。危ないでしょう……」

「はい。反省しています……」

 エリシアはしゅんとうなだれた。

 その様子を見て、セリナは少し表情を和らげた。

「それで、遠くまで移動していたって言っていたけど、どこへ向かっていたの?」

 エリシアは一瞬だけ迷ったあと、鞄から一枚の羊皮紙を取り出した。

 そこには古い文字と、山々を描いた簡素な地図が記されていた。

「北東の山にある、古代遺跡です」

「古代遺跡!」

 ガルドが目を輝かせた。

「宝物があるのか!?」

「ガルド……」

 セリナが額に手を当てる。

「宝物があるかどうかは分かりません。でも、古い文献によると、そこには今では失われた魔法技術が残されている可能性があるんです」

 エリシアの声に、研究者らしい熱がこもった。

「私は古代魔法の研究をしていて、その遺跡についてずっと調べていました。ようやく場所を特定できたので、実際に確かめに行こうと思ったんです」

 ガルドは地図をのぞき込んだ。

 細かい文字や複雑な図形はよく分からない。

 だが、山の絵だけは理解できた。

「その山なら、俺たちも行けるぞ!」

「えっ?」

「なあ、セリナ! ちょうどいいじゃないか。遺跡の調査なんて、冒険って感じがするぞ!」

「あなたは、さっきまで宝物のことしか考えていなかったでしょう……」

「今は遺跡のことも考えてるぞ!」

「それ、ほとんど同じ意味じゃない?」

 セリナはため息をついた。

 しかし、彼女自身も興味がないわけではなかった。

 北東の山といえば、最近になって魔物の目撃情報が増えている地域でもある。

 調査をするなら、護衛役がいたほうが安全だろう。

「遺跡に向かうなら、道中は危険かもしれないわ。私たちも一緒に行くことはできるけど、無理はしないこと。それと、危険だと判断したら引き返すわよ」

「本当ですか!?」

 エリシアの顔が明るくなった。

「もちろん、私たちも冒険者だから、何でも引き受けるわけじゃないけどね」

「はい! ありがとうございます!」

 エリシアは嬉しそうに頭を下げた。

「決まりだな!」

 ガルドは勢いよく立ち上がった。

「明日は山へ出発だ!」

「待って。食料も道具も確認していないでしょう?」

「……そうだった!」

「もう……」

 セリナは呆れた顔をしながらも、どこか楽しそうだった。

 新しい依頼。

 新しい土地。

 そして、少し変わった新しい仲間との出会い。

 いつもの冒険とは、ひと味違う旅になりそうだった。


 その夜。

 宿の一室で、エリシアは机に向かっていた。

 ランプの明かりの下に広げられているのは、昼間に見せた羊皮紙と、何冊もの古い資料だった。

 彼女は地図の一角に描かれた、奇妙な紋様を指でなぞった。

「……やっぱり、ここに間違いない」

 その紋様は、古代の文献に何度も登場するものだった。

 ただし、その意味については、いくつもの説がある。

 封印を示すもの。

 何かを守るための結界。

 あるいは、特別な力を持つ者だけが通れる場所を示す印。

 どれも決定的な証拠はなかった。

「実際に見れば、何か分かるはず……」

 エリシアは資料をまとめ、明日の準備を始めた。

 彼女はまだ知らない。

 自分が調べてきた古代遺跡が、ただの研究施設ではない可能性を。

 夜は静かに更けていく。

 明日、三人を待ち受けるものは何なのか。

 その答えは、山の向こうに眠っていた。

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この記事を書いた人

Web小説書いてます。最強・ファンタジー・冒険・ほのぼの・飯テロが好き。Xアカウントはこちら→

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