鍛冶屋での仕事を終えた翌日。
ガルドとセリナは、朝から町の中央広場を歩いていた。
「いやあ、昨日の肉料理はうまかったな!」
「そうね。おいしかったわね」
「特に最後に食べた串焼き! あれ、もう十本くらい食べたかったな!」
「……十本?」
セリナは思わず足を止めた。
「あなた、昨日いったい何本食べたと思ってるの?」
「えーっと……二十本くらい?」
「もっとよ!」
「そうだったか?」
ガルドは首をかしげた。
セリナは小さくため息をついた。
昨日の食堂では、肉料理を次々と注文するガルドに店員が驚き、最後には厨房の料理人まで顔を出していた。
それでもガルドは、最後まで幸せそうに食べ続けていたのだ。
「まあ、今日は依頼を受ける前に町を少し見て回りましょう」
「おっ、いいな! 何かうまいものでもあるのか?」
「それもあるかもしれないけど……」
セリナが言いかけた、そのときだった。
「さあ、寄っていってくれ! 今日は年に一度の料理祭りだ!」
広場の向こうから、威勢のいい声が響いてきた。
色とりどりの旗が飾られ、あちこちに屋台が並んでいる。
焼いた肉の香ばしい匂い。
煮込み料理の湯気。
甘い焼き菓子の香り。
そして、広場の中央には大きな木製の舞台が設置されていた。
ガルドの足がぴたりと止まる。
「……料理祭り?」
その目が、見る見るうちに輝いた。
「セリナ!」
「はいはい、わかってるわよ」
「行こう!」
「まだ何も言ってないんだけど……」
セリナが苦笑している間に、ガルドは広場へ向かって歩き出していた。
いや、歩くというより、肉の匂いに引き寄せられているようだった。
広場には、普段以上に多くの人が集まっていた。
屋台では料理が販売されているだけでなく、料理人たちが自慢の一品を競い合っている。
大きな鍋で煮込まれた肉料理。
香草をたっぷり使った焼き鳥。
香ばしく焼き上げられた厚切り肉。
見ているだけで腹が鳴りそうな料理ばかりだった。
「おおお……!」
ガルドは屋台を見渡し、感動したように声を漏らした。
「すごいな! 肉ばっかりだ!」
「野菜料理もあるわよ?」
「もちろん野菜もうまいぞ! でも、肉はもっといい!」
「はいはい」
セリナは笑いながら、近くの屋台をのぞき込んだ。
そこでは、串に刺した肉を炭火で焼いていた。
「これ、おいしそうね」
「おおっ! 買おう!」
ガルドはすぐに銀貨を取り出した。
二人で串焼きを買い、近くの長椅子に腰を下ろす。
焼きたての肉にかぶりついたガルドは、満面の笑みを浮かべた。
「うまい!」
「ふふっ。そんなにおいしそうに食べられると、こっちまで嬉しくなるわね」
「だって、うまいものはうまいだろ!」
「それはそうね」
セリナも串焼きを口に運んだ。
肉汁が広がり、香草の香りが鼻を抜ける。
確かに、これはおいしい。
ガルドが夢中になるのもわかる気がした。
……もっとも、彼の場合は料理がおいしいという理由だけではなさそうだが。
「なあ、セリナ。あっちの屋台も気になるぞ!」
「もう次なの?」
「だって、あそこは煮込み料理だ! こっちは焼き肉! 向こうには何か揚げたものもある!」
「全部食べるつもり?」
「できれば!」
セリナは額に手を当てた。
「……今日は依頼を受ける予定だったのに」
「大丈夫だ! 食べたらちゃんと働くぞ!」
「その言葉、信じていいのかしら?」
「もちろん!」
ガルドは胸を張った。
その自信に満ちた顔を見て、セリナはとうとう吹き出してしまった。
「わかったわ。せっかくだから、少し楽しみましょう」
「よし!」
二人は再び屋台巡りを始めた。
しばらくして。
ガルドが三軒目の屋台で大きな肉の塊を買おうとしたとき、広場の中央からひときわ大きな歓声が上がった。
「おおっ! 何だ?」
ガルドは肉を持ったまま振り向いた。
舞台の上では、料理祭りの主催者らしい男性が大きな声で話していた。
「さあ、今年もやってきたぞ! 料理祭り名物、特別企画!」
男性の背後には、巨大な鍋が置かれている。
その隣には、大きな木箱がいくつも積み上げられていた。
「町の料理人たちが腕によりをかけた特製料理! そして、その材料となる大量の肉! 今年も最後まで食べきれる挑戦者を募集する!」
その言葉を聞いた瞬間。
ガルドの動きが止まった。
「……食べきれる?」
セリナは嫌な予感がした。
「ガルド。まさか……」
「俺、参加したい!」
「やっぱり!」
セリナは思わず叫んだ。
舞台の前には、挑戦者を募集する看板が立っている。
説明によると、参加者は料理人たちが用意した肉料理を順番に食べていく。
最後まで食べ続け、規定の料理をすべて完食した者には、優勝賞品が贈られるらしい。
今年の賞品は、町の有名な肉屋が提供する特製肉の詰め合わせ。
しかも、かなりの量がある。
ガルドは看板を読み終えると、ゆっくりとうなずいた。
「……これは、参加するしかないな」
「何が『参加するしかない』なのよ!」
「だって、優勝したら肉がもらえるんだぞ!」
「理由が予想どおりすぎるわ!」
セリナは頭を抱えた。
しかし、ガルドの目はすでに舞台へ向いている。
どうやら、誰が何と言おうと参加する気らしい。
「よし! 行ってくる!」
「ちょっと、ガルド!」
セリナが呼び止める間もなく、ガルドは受付へ向かってしまった。
「挑戦者は、君か?」
受付の男性が、ガルドの大剣を見て少し驚いた顔をした。
「ああ! よろしく頼む!」
「冒険者のようだが……食べる量には自信があるのか?」
「肉なら、いくらでも!」
「ははは! 頼もしいな!」
受付の男性は笑い、参加用の札を渡した。
そのとき、隣から低い声が聞こえてきた。
「おいおい。こんな若造が参加するのか?」
振り向くと、がっしりした体格の男が立っていた。
腕は太く、腹回りにも厚みがある。
料理祭りの参加者らしい。
男はガルドを上から下まで眺めると、にやりと笑った。
「食べるってのは、ただ腹に詰め込めばいいってもんじゃねえぞ。最後まで食べ続ける根性が必要なんだ」
「そうなのか?」
「そうだ。俺は去年も参加してな。惜しいところまでいったんだ。今年こそ優勝してやるぜ」
「へえ、すごいな!」
ガルドは素直に感心した。
男は少し調子を崩したようだった。
「……お、おう。まあな」
「じゃあ、いい勝負ができそうだな!」
「なっ……!」
男の顔が赤くなった。
「おもしれえ! その余裕、いつまで続くか見ものだな!」
「よくわからんが、よろしくな!」
ガルドは笑顔で手を差し出した。
男は一瞬戸惑ったが、結局その手を握り返した。
「俺はバートだ! 負けねえからな!」
「俺はガルドだ! よろしく!」
こうして、ガルドは思いがけずライバルを得たのだった。
少し離れた場所では、セリナがその様子を見守っていた。
「……あの人、絶対に勝負だと思ってるわね」
ガルドはただ、うまい肉が食べられることを楽しみにしているだけなのだが。
そして、料理祭りの特別企画が始まった。
「挑戦者、全員準備はいいか!」
主催者の声に、広場が沸き立つ。
舞台の上には、ガルドを含む十人の挑戦者が並んでいた。
目の前には、最初の料理が置かれている。
大きな皿に盛られた、香草焼きの肉。
食欲をそそる香りが広がっていた。
「それでは、第一皿目! 始め!」
合図と同時に、挑戦者たちが一斉に食べ始めた。
ガルドは肉を一切れつまむと、大きく口を開けた。
もぐもぐ。
ごくん。
「うまい!」
そして、次の一切れへ。
もぐもぐ。
ごくん。
「これ、香草が効いてるな!」
さらに次。
周囲の挑戦者たちが必死に食べ進める中、ガルドだけは料理の味を楽しんでいた。
「おお、いい焼き加減だ! 外は香ばしいのに、中は柔らかい!」
実況役の男性が、思わず声を上げた。
「おっと、あの若い挑戦者! 食べるのが速いだけではない! 料理の味までしっかり楽しんでいるぞ!」
観客たちが笑いながら拍手を送る。
セリナは舞台の下で、呆れたように頬を押さえていた。
「……あの人、本当に何をやってもガルドなのね」
第一皿目が終わる頃には、すでに何人かの挑戦者が苦しそうな顔をしていた。
だが、ガルドは平然としている。
「次は何だ?」
その声に、実況役が勢いよく答えた。
「第二皿目は、じっくり煮込んだ特製肉のシチューだ!」
「おおっ!」
ガルドの目が輝いた。
大きな器に、柔らかく煮込まれた肉がたっぷり入っている。
湯気とともに、濃厚な香りが漂ってきた。
「いただきます!」
ガルドはスプーンを手に取った。
一口食べる。
その瞬間、顔がぱっと明るくなった。
「うまっ! これ、肉がとろとろだ!」
観客席から笑い声が上がった。
バートも負けじと食べ進めている。
「くっ……! うまい! だが、俺は負けねえ!」
彼もまた、肉料理を愛する男だった。
ガルドとバート。
二人の食べっぷりに、観客たちの視線が集まっていく。
やがて第三皿目、第四皿目へと進み、挑戦者は少しずつ減っていった。
それでもガルドは変わらない。
「次は何だ?」
そのたびに、目を輝かせる。
セリナはもはや止める気もなくなっていた。
「……優勝したら、夕飯も食べるつもりなのかしら」
そのつぶやきに、隣で見ていた女性が笑った。
「お連れさん、すごいですねえ。あんなに食べて、まだ余裕そう!」
「ええ……まあ、そうなんです」
セリナは苦笑した。
そして、ふと気づいた。
ガルドは確かに大量に食べている。
だが、決して無理をしているようには見えなかった。
一皿一皿を楽しみ、料理人たちの工夫にも気づいている。
ただ量を競っているだけではないのだ。
料理を作った人にとっても、あれだけ楽しそうに食べてもらえるのは嬉しいことだろう。
舞台の端では、料理人たちが満足そうに顔を見合わせていた。
「さあ、残る挑戦者は二人!」
実況役の声が広場に響き渡った。
ガルドとバート。
最後まで残ったのは、この二人だった。
バートは額に汗を浮かべながら、目の前の皿を見つめている。
「くっ……! まさか、ここまで残るとは……!」
「バート、すごいな!」
ガルドは心から感心したように言った。
「お前もな……! だが、次が最後の料理だ!」
舞台の中央へ、大きな皿が運ばれてきた。
その上に盛られているのは、厚切りの肉を香ばしく焼き上げた特製ステーキ。
添えられたソースから、甘辛い香りが漂ってくる。
「最後の料理は、料理祭り特製の大判ステーキだ! これを完食した者が優勝となる!」
観客たちの歓声が、一段と大きくなった。
ガルドはステーキを見つめた。
そして、ゆっくりと笑みを浮かべた。
「……これが最後か」
「ああ。ここまで来たら、どっちが勝っても恨みっこなしだぜ!」
「もちろんだ!」
二人は顔を見合わせた。
「それでは、最後の勝負! 始め!」
合図と同時に、二人が食べ始める。
バートは経験を生かし、一定のペースで食べ進めた。
ガルドもまた、ステーキを切り分け、口へ運んでいく。
「うまい……!」
思わず漏れた声に、観客たちが笑った。
ガルドは最後まで楽しそうだった。
やがてバートの皿が空になる。
「よしっ……! 食べきったぞ!」
歓声が上がった。
だが、その直後。
「ごちそうさま!」
ガルドも最後の一切れを飲み込み、皿を空にした。
一瞬、広場が静まり返る。
そして――。
「優勝は、ガルドだあああっ!」
実況役の叫びとともに、広場が大歓声に包まれた。
「やったあああっ!」
ガルドは両手を上げて喜んだ。
「肉だ! 特製肉の詰め合わせだ!」
その言葉に、観客たちは大笑いした。
バートは肩で息をしながら、ガルドを見つめていた。
やがて、悔しそうに笑う。
「……負けたぜ。お前、いったいどんな胃袋してるんだ?」
「ん? 普通だぞ?」
「普通じゃねえよ!」
二人は顔を見合わせて笑った。
バートはガルドの肩を叩いた。
「来年も出るからな! 次は負けねえぞ!」
「おう! また一緒に食べようぜ!」
「勝負の話だ!」
「わかってるって!」
ガルドの返事に、また笑い声が起こった。
料理祭りが終わる頃には、空が少しずつ夕焼けに染まり始めていた。
ガルドは優勝賞品の大きな包みを抱えている。
中には、さまざまな種類の肉がたっぷり入っていた。
「いやあ、最高の一日だったな!」
「そうね。私も楽しかったわ」
セリナは微笑んだ。
「でも、さすがに食べすぎじゃない?」
「そうか? まだ夕飯も食べられるぞ!」
「……本当に?」
「もちろん!」
ガルドは自信満々にうなずいた。
セリナはあきれたように笑い、それから彼の抱える包みを見た。
「そのお肉、どうするの?」
「宿に持って帰って、料理してもらおうと思ってる!」
「全部?」
「できればな!」
「ふふっ。じゃあ、私にも少し分けてね」
「もちろんだ! セリナも一緒に食べよう!」
ガルドは当たり前のように答えた。
セリナは一瞬だけ目を丸くしたあと、柔らかく微笑んだ。
「……うん。楽しみにしてるわ」
二人は並んで、宿へと向かった。
今日も特別な冒険があったわけではない。
魔物を倒したわけでも、危険な遺跡を探索したわけでもない。
ただ町を歩き、おいしいものを食べ、思いがけない勝負に参加しただけだ。
それでも、ガルドにとっては十分に楽しい一日だった。
そしてセリナにとっても。
隣を歩く彼が、心から楽しそうに笑っている。
それだけで、今日という一日が少し特別なものに感じられた。
「なあ、セリナ!」
「何?」
「明日は何を食べようか!」
「……もう明日の話?」
「だって、楽しみだろ!」
セリナは夕焼けの空を見上げ、くすりと笑った。
「そうね。明日は、今日とは違うお店に行ってみましょうか」
「よっしゃ!」
ガルドの元気な声が、夕暮れの町に響いた。
こうして二人の休日は、最後まで賑やかに過ぎていったのだった。
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