MENU

第30話「新人冒険者、鍛冶屋でとんでもない仕事をする」

 ガルドとセリナは、町の職人街にある鍛冶工房を訪れていた。

 通りに近づくにつれ、金属を打つ甲高い音が聞こえてくる。

 カンッ! カンッ! カンッ!

 工房の煙突からは白い煙が立ち上り、開け放たれた扉から熱気が流れ出していた。

「おお……! すごいな!」

 ガルドは目を輝かせた。

「今日はお手伝いなんだから、ちゃんと仕事をするのよ?」

「任せろ! 力仕事なら得意だ!」

「……その言葉、少し不安になるのよね」

 セリナが苦笑した、そのときだった。

「おう、来たか!」

 工房の奥から、以前ガルドの大剣を調整してくれた親方が姿を現した。

 腕まくりした太い腕には、細かな火傷の跡がいくつも残っている。

「今日は人手が足りなくてな。材料の運び込みと、工房の整理を手伝ってもらいたい」

「わかった! 何を運べばいい?」

「まずは裏の倉庫にある鉄鉱石だ。炉の近くまで運んでくれ。重いから、無理はするなよ」

「おう!」

 ガルドは元気よく返事をすると、工房の裏手へ向かった。

 セリナもその後を追う。

 倉庫には、大小さまざまな木箱が積み上げられていた。

 その中でもひときわ目を引くのが、鉄鉱石の入った大きな箱だった。

 成人男性が二人がかりで持ち上げるような代物である。

「これか?」

「ああ。中身が詰まっているから、かなり重いはずよ。二人で持ったほうが――」

「よいしょっと!」

 セリナが言い終わる前に、ガルドは箱をひょいと持ち上げた。

 まるで中身が空であるかのように。

「……え?」

「これ、どこまで運べばいいんだ?」

「えっ、ちょ、ちょっと待って!」

 セリナは慌ててガルドの前に回り込んだ。

「それ、鉄鉱石が入ってるのよね?」

「そうだぞ?」

「重くないの?」

「ん? まあ、多少は。でも、普通に持てるだろ?」

「普通じゃないわよ!」

 セリナの声が倉庫に響いた。

 ガルドは不思議そうに首をかしげたが、ひとまず箱を運ぶことにした。

 工房の中へ戻ると、作業をしていた職人たちが一斉に手を止めた。

「おい、あれを一人で持ってきたのか?」

「嘘だろ……。あの箱、昨日は三人で運んだんだぞ」

「しかも、あんな持ち方で……」

 職人たちは口々に驚いていた。

 しかし、当のガルドはというと。

「親方! これ、どこに置けばいい?」

「……そこの台の横でいい」

「わかった!」

 ドンッ。

 ガルドが箱を置くと、床がわずかに揺れた。

 親方は箱とガルドを交互に見つめ、深いため息をついた。

「お前、本当に冒険者なんだよな?」

「そうだぞ!」

「荷運び専門じゃなくて?」

「冒険者だ!」

 工房に笑い声が広がった。

 セリナも口元を押さえながら笑っている。

「……もう。朝から目立ちすぎよ」

「そうか? ちゃんと仕事してるだけだぞ?」

「そこが問題なのよ」

 その後もガルドは、鉄鉱石や炭の袋、武器の材料になる金属の塊を次々と運んだ。

 作業は驚くほど順調に進んでいく。

 職人たちは最初こそ呆気に取られていたが、やがてガルドの働きぶりを見て、感心したようにうなずき始めた。

「力があるだけじゃないな。言われたことをきっちりやってくれる」

「妙なところで素直なんだよな、あいつ」

「おい、聞こえてるぞ!」

 ガルドが振り返ると、職人たちは笑ってごまかした。

 その様子を見ていたセリナも、楽しそうに微笑んだ。

 力はとんでもない。

 けれど、それを自慢する様子はまるでない。

 そういうところが、ガルドらしかった。


 午前の仕事がひと段落した頃。

「よし、次はこっちだ」

 親方が工房の奥へガルドたちを案内した。

 そこには、完成間近の剣や槍、盾が並んでいた。

 壁際には大きな金床が据えられ、その隣では若い職人が一本の剣を前に頭を抱えている。

「くそっ……。どうしても重心がずれる……」

 若い職人は剣を持ち上げ、何度も振っていた。

 しかし、思うように扱えないらしい。

「おい、トーマ。まだやってたのか」

 親方が声をかけると、若い職人――トーマは悔しそうに顔を上げた。

「親方……。すみません。どう調整しても、剣先が重く感じるんです」

「柄の長さも、刃の厚さも悪くない。だが、実際に振ると違和感があるんだな?」

「はい。理屈では問題ないはずなんですが……」

 トーマは唇をかんだ。

 どうやら、かなり苦戦しているらしい。

 ガルドは二人の会話を聞きながら、剣をじっと見つめていた。

「なあ、それ、ちょっと持ってみてもいいか?」

「え?」

 トーマが目を丸くした。

「いや、俺は剣を作る職人じゃないが、持ってみれば何かわかるかもしれない」

 ガルドはあっけらかんと言った。

 トーマは戸惑いながらも、剣を差し出した。

「……わかりました。お願いします」

 ガルドは剣を受け取った。

 軽く持ち上げ、柄を握り直す。

 それから、ゆっくりと一度だけ振ってみた。

 ヒュッ。

 風を切る音が工房に響いた。

「んー……」

 ガルドは剣を眺めた。

「これ、剣先が重いっていうより、振り始めるときに少し引っかかる感じがするな」

「引っかかる?」

 トーマが身を乗り出した。

「ああ。最初に動かすときはいいんだけど、途中でちょっとだけ動きが鈍くなる。だから、無理に力を入れて振ると、剣先が重く感じるんじゃないか?」

「……!」

 トーマは慌てて剣を受け取り、確かめるように振った。

 何度か試したあと、驚いた顔で柄の付け根を見つめた。

「まさか……。刃と柄の接合部分か?」

 親方も剣を受け取り、細かく調べ始めた。

 そして、わずかに目を細めた。

「なるほどな。接合部分にほんの少し歪みがある。見た目じゃほとんどわからんが、振ったときに微妙な抵抗が出ているんだ」

「そんなところが……!」

 トーマは愕然とした。

 何日も悩んでいた問題の原因が、ほんのわずかな歪みだったとは。

「ガルド、お前、よく気づいたな」

 親方が感心したように言った。

「そうか? 振ったら、なんか変だったからな」

「いや、それが難しいんだよ」

 トーマはガルドを見つめた。

「ありがとうございます! これでようやく完成させられそうです!」

「おう! 頑張れよ!」

 ガルドは笑顔で答えた。

 トーマはさっそく剣の調整に取りかかった。

 その背中を見ながら、セリナが小さくつぶやく。

「……戦うこと以外でも、役に立つのね」

「ん? 何か言ったか?」

「何でもないわ」

 セリナは微笑んだ。

 ガルドは不思議そうな顔をしたものの、すぐに気持ちを切り替えた。

「なあ、親方。そういえば、俺の剣も見てもらっていいか?」

「もちろんだ。ちょうどいい機会だからな」

 ガルドは背負っていた大剣を下ろした。

 親方の表情が、わずかに引き締まる。

 以前も調べた剣だ。

 見た目こそ無骨な大剣だが、使われている金属は普通の武器とは明らかに違う。

 親方は剣を受け取り、刃の表面を布で拭いた。

 光にかざし、刃の状態を確かめる。

「……傷がほとんど増えていないな」

「そうなのか?」

「ああ。普通なら、刃こぼれの一つくらいあってもおかしくない」

 親方は柄や鍔の状態も確認した。

 その手つきは真剣そのものだった。

「金属の質がいいだけじゃない。力を受けたときの歪みも少ない。まるで、振るう者の力をうまく逃がしているような……」

「よくわからないが、頑丈ってことか?」

「簡単に言えばそうだ」

 親方は苦笑した。

「ただな。これほどの剣を、ここまで自然に振り回せる奴も珍しい」

「そうか? 俺にはちょうどいい重さだけどな」

 ガルドは大剣を受け取り、いつものように肩へ担いだ。

 親方はその姿をしばらく見つめていた。

 剣そのものにも興味はある。

 だが、それ以上に気になるのは、この大剣を振るうガルドという青年だった。

 これほどの武器を、まるで自分の腕の延長のように扱っている。

「……まあ、今は余計なことを考える必要もないか」

「親方?」

「いや、何でもねえ。大事に使えよ」

「おう! ありがとな!」

 ガルドは大剣を背負い直した。

 剣について、まだわからないことは多い。

 それでも、今のガルドにとって大切なのは、この剣と一緒にもっと強い相手と戦うことだった。

 そして、冒険のあとにうまい飯を食うこと。

 それが何より楽しみなのだ。


 工房の仕事は、予定より早く片づいた。

「今日は助かった。お前らが来てくれてよかったぜ」

 仕事を終えたガルドとセリナに、親方が報酬を渡した。

 金貨ではなく、銀貨数枚。

 加えて、親方は小さな包みを差し出した。

「こっちは礼だ。工房の連中が昼飯用に用意していた干し肉だが、余ったんでな」

「肉!?」

 ガルドの目が輝いた。

「いいのか!?」

「ああ。お前なら喜ぶと思ってな」

「ありがとう、親方!」

 ガルドは包みを大事そうに受け取った。

 セリナは思わず笑ってしまう。

「本当に、何をもらっても肉が一番なのね」

「だって、うまいだろ!」

「それはそうだけど」

 工房を出ると、午後の陽射しが二人を照らした。

 ガルドは包みを抱えたまま、満足そうに歩いている。

「今日はいい仕事だったな!」

「そうね。職人さんたちとも仲良くなれたし」

「トーマって奴も、剣を完成させられそうでよかったな!」

「ガルドが気づいたおかげね」

「いや、俺は振ってみただけだぞ?」

「その『振ってみただけ』が難しいんだってば」

 セリナは小さく笑った。

 ガルドは首をかしげたものの、すぐに顔を上げた。

「なあ、セリナ!」

「何?」

「せっかくだし、飯を食いに行こう! 仕事したら腹が減った!」

「……もう。やっぱりそれなのね」

 セリナは呆れながらも、楽しそうにうなずいた。

「いいわよ。今日は私もお腹が空いたし」

「よし!」

 二人は町の食堂へ向かって歩き出した。

 その背中を、工房の窓から親方が見送っていた。

「……不思議な奴だ」

 親方は、先ほど調べた大剣を思い返す。

 あの剣は、普通の武器ではない。

 そして、それを振るうガルドもまた、普通の冒険者ではなかった。

 だが、今はまだ、それ以上のことはわからない。

「まあ、また顔を出すだろう。そのときにでも、じっくり調べさせてもらうか」

 親方はそうつぶやき、再び工房の奥へと戻っていった。

 その頃ガルドは、食堂の看板を見つけ、歓声を上げていた。

「おおっ! 肉料理がいっぱいあるぞ!」

「はいはい。今日はちゃんと私の分も残しておいてね」

「もちろんだ!」

 そんな二人の声が、賑やかな町の通りに響いていた。

スポンサーリンク
よかったらシェアしてね!
  • URLをコピーしました!
  • URLをコピーしました!

この記事を書いた人

Web小説書いてます。最強・ファンタジー・冒険・ほのぼの・飯テロが好き。Xアカウントはこちら→

コメント

コメントする

目次