ガルドとセリナは、町の職人街にある鍛冶工房を訪れていた。
通りに近づくにつれ、金属を打つ甲高い音が聞こえてくる。
カンッ! カンッ! カンッ!
工房の煙突からは白い煙が立ち上り、開け放たれた扉から熱気が流れ出していた。
「おお……! すごいな!」
ガルドは目を輝かせた。
「今日はお手伝いなんだから、ちゃんと仕事をするのよ?」
「任せろ! 力仕事なら得意だ!」
「……その言葉、少し不安になるのよね」
セリナが苦笑した、そのときだった。
「おう、来たか!」
工房の奥から、以前ガルドの大剣を調整してくれた親方が姿を現した。
腕まくりした太い腕には、細かな火傷の跡がいくつも残っている。
「今日は人手が足りなくてな。材料の運び込みと、工房の整理を手伝ってもらいたい」
「わかった! 何を運べばいい?」
「まずは裏の倉庫にある鉄鉱石だ。炉の近くまで運んでくれ。重いから、無理はするなよ」
「おう!」
ガルドは元気よく返事をすると、工房の裏手へ向かった。
セリナもその後を追う。
倉庫には、大小さまざまな木箱が積み上げられていた。
その中でもひときわ目を引くのが、鉄鉱石の入った大きな箱だった。
成人男性が二人がかりで持ち上げるような代物である。
「これか?」
「ああ。中身が詰まっているから、かなり重いはずよ。二人で持ったほうが――」
「よいしょっと!」
セリナが言い終わる前に、ガルドは箱をひょいと持ち上げた。
まるで中身が空であるかのように。
「……え?」
「これ、どこまで運べばいいんだ?」
「えっ、ちょ、ちょっと待って!」
セリナは慌ててガルドの前に回り込んだ。
「それ、鉄鉱石が入ってるのよね?」
「そうだぞ?」
「重くないの?」
「ん? まあ、多少は。でも、普通に持てるだろ?」
「普通じゃないわよ!」
セリナの声が倉庫に響いた。
ガルドは不思議そうに首をかしげたが、ひとまず箱を運ぶことにした。
工房の中へ戻ると、作業をしていた職人たちが一斉に手を止めた。
「おい、あれを一人で持ってきたのか?」
「嘘だろ……。あの箱、昨日は三人で運んだんだぞ」
「しかも、あんな持ち方で……」
職人たちは口々に驚いていた。
しかし、当のガルドはというと。
「親方! これ、どこに置けばいい?」
「……そこの台の横でいい」
「わかった!」
ドンッ。
ガルドが箱を置くと、床がわずかに揺れた。
親方は箱とガルドを交互に見つめ、深いため息をついた。
「お前、本当に冒険者なんだよな?」
「そうだぞ!」
「荷運び専門じゃなくて?」
「冒険者だ!」
工房に笑い声が広がった。
セリナも口元を押さえながら笑っている。
「……もう。朝から目立ちすぎよ」
「そうか? ちゃんと仕事してるだけだぞ?」
「そこが問題なのよ」
その後もガルドは、鉄鉱石や炭の袋、武器の材料になる金属の塊を次々と運んだ。
作業は驚くほど順調に進んでいく。
職人たちは最初こそ呆気に取られていたが、やがてガルドの働きぶりを見て、感心したようにうなずき始めた。
「力があるだけじゃないな。言われたことをきっちりやってくれる」
「妙なところで素直なんだよな、あいつ」
「おい、聞こえてるぞ!」
ガルドが振り返ると、職人たちは笑ってごまかした。
その様子を見ていたセリナも、楽しそうに微笑んだ。
力はとんでもない。
けれど、それを自慢する様子はまるでない。
そういうところが、ガルドらしかった。
午前の仕事がひと段落した頃。
「よし、次はこっちだ」
親方が工房の奥へガルドたちを案内した。
そこには、完成間近の剣や槍、盾が並んでいた。
壁際には大きな金床が据えられ、その隣では若い職人が一本の剣を前に頭を抱えている。
「くそっ……。どうしても重心がずれる……」
若い職人は剣を持ち上げ、何度も振っていた。
しかし、思うように扱えないらしい。
「おい、トーマ。まだやってたのか」
親方が声をかけると、若い職人――トーマは悔しそうに顔を上げた。
「親方……。すみません。どう調整しても、剣先が重く感じるんです」
「柄の長さも、刃の厚さも悪くない。だが、実際に振ると違和感があるんだな?」
「はい。理屈では問題ないはずなんですが……」
トーマは唇をかんだ。
どうやら、かなり苦戦しているらしい。
ガルドは二人の会話を聞きながら、剣をじっと見つめていた。
「なあ、それ、ちょっと持ってみてもいいか?」
「え?」
トーマが目を丸くした。
「いや、俺は剣を作る職人じゃないが、持ってみれば何かわかるかもしれない」
ガルドはあっけらかんと言った。
トーマは戸惑いながらも、剣を差し出した。
「……わかりました。お願いします」
ガルドは剣を受け取った。
軽く持ち上げ、柄を握り直す。
それから、ゆっくりと一度だけ振ってみた。
ヒュッ。
風を切る音が工房に響いた。
「んー……」
ガルドは剣を眺めた。
「これ、剣先が重いっていうより、振り始めるときに少し引っかかる感じがするな」
「引っかかる?」
トーマが身を乗り出した。
「ああ。最初に動かすときはいいんだけど、途中でちょっとだけ動きが鈍くなる。だから、無理に力を入れて振ると、剣先が重く感じるんじゃないか?」
「……!」
トーマは慌てて剣を受け取り、確かめるように振った。
何度か試したあと、驚いた顔で柄の付け根を見つめた。
「まさか……。刃と柄の接合部分か?」
親方も剣を受け取り、細かく調べ始めた。
そして、わずかに目を細めた。
「なるほどな。接合部分にほんの少し歪みがある。見た目じゃほとんどわからんが、振ったときに微妙な抵抗が出ているんだ」
「そんなところが……!」
トーマは愕然とした。
何日も悩んでいた問題の原因が、ほんのわずかな歪みだったとは。
「ガルド、お前、よく気づいたな」
親方が感心したように言った。
「そうか? 振ったら、なんか変だったからな」
「いや、それが難しいんだよ」
トーマはガルドを見つめた。
「ありがとうございます! これでようやく完成させられそうです!」
「おう! 頑張れよ!」
ガルドは笑顔で答えた。
トーマはさっそく剣の調整に取りかかった。
その背中を見ながら、セリナが小さくつぶやく。
「……戦うこと以外でも、役に立つのね」
「ん? 何か言ったか?」
「何でもないわ」
セリナは微笑んだ。
ガルドは不思議そうな顔をしたものの、すぐに気持ちを切り替えた。
「なあ、親方。そういえば、俺の剣も見てもらっていいか?」
「もちろんだ。ちょうどいい機会だからな」
ガルドは背負っていた大剣を下ろした。
親方の表情が、わずかに引き締まる。
以前も調べた剣だ。
見た目こそ無骨な大剣だが、使われている金属は普通の武器とは明らかに違う。
親方は剣を受け取り、刃の表面を布で拭いた。
光にかざし、刃の状態を確かめる。
「……傷がほとんど増えていないな」
「そうなのか?」
「ああ。普通なら、刃こぼれの一つくらいあってもおかしくない」
親方は柄や鍔の状態も確認した。
その手つきは真剣そのものだった。
「金属の質がいいだけじゃない。力を受けたときの歪みも少ない。まるで、振るう者の力をうまく逃がしているような……」
「よくわからないが、頑丈ってことか?」
「簡単に言えばそうだ」
親方は苦笑した。
「ただな。これほどの剣を、ここまで自然に振り回せる奴も珍しい」
「そうか? 俺にはちょうどいい重さだけどな」
ガルドは大剣を受け取り、いつものように肩へ担いだ。
親方はその姿をしばらく見つめていた。
剣そのものにも興味はある。
だが、それ以上に気になるのは、この大剣を振るうガルドという青年だった。
これほどの武器を、まるで自分の腕の延長のように扱っている。
「……まあ、今は余計なことを考える必要もないか」
「親方?」
「いや、何でもねえ。大事に使えよ」
「おう! ありがとな!」
ガルドは大剣を背負い直した。
剣について、まだわからないことは多い。
それでも、今のガルドにとって大切なのは、この剣と一緒にもっと強い相手と戦うことだった。
そして、冒険のあとにうまい飯を食うこと。
それが何より楽しみなのだ。
工房の仕事は、予定より早く片づいた。
「今日は助かった。お前らが来てくれてよかったぜ」
仕事を終えたガルドとセリナに、親方が報酬を渡した。
金貨ではなく、銀貨数枚。
加えて、親方は小さな包みを差し出した。
「こっちは礼だ。工房の連中が昼飯用に用意していた干し肉だが、余ったんでな」
「肉!?」
ガルドの目が輝いた。
「いいのか!?」
「ああ。お前なら喜ぶと思ってな」
「ありがとう、親方!」
ガルドは包みを大事そうに受け取った。
セリナは思わず笑ってしまう。
「本当に、何をもらっても肉が一番なのね」
「だって、うまいだろ!」
「それはそうだけど」
工房を出ると、午後の陽射しが二人を照らした。
ガルドは包みを抱えたまま、満足そうに歩いている。
「今日はいい仕事だったな!」
「そうね。職人さんたちとも仲良くなれたし」
「トーマって奴も、剣を完成させられそうでよかったな!」
「ガルドが気づいたおかげね」
「いや、俺は振ってみただけだぞ?」
「その『振ってみただけ』が難しいんだってば」
セリナは小さく笑った。
ガルドは首をかしげたものの、すぐに顔を上げた。
「なあ、セリナ!」
「何?」
「せっかくだし、飯を食いに行こう! 仕事したら腹が減った!」
「……もう。やっぱりそれなのね」
セリナは呆れながらも、楽しそうにうなずいた。
「いいわよ。今日は私もお腹が空いたし」
「よし!」
二人は町の食堂へ向かって歩き出した。
その背中を、工房の窓から親方が見送っていた。
「……不思議な奴だ」
親方は、先ほど調べた大剣を思い返す。
あの剣は、普通の武器ではない。
そして、それを振るうガルドもまた、普通の冒険者ではなかった。
だが、今はまだ、それ以上のことはわからない。
「まあ、また顔を出すだろう。そのときにでも、じっくり調べさせてもらうか」
親方はそうつぶやき、再び工房の奥へと戻っていった。
その頃ガルドは、食堂の看板を見つけ、歓声を上げていた。
「おおっ! 肉料理がいっぱいあるぞ!」
「はいはい。今日はちゃんと私の分も残しておいてね」
「もちろんだ!」
そんな二人の声が、賑やかな町の通りに響いていた。
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