MENU

第25話「新人冒険者、町歩きで思わぬ騒動に巻き込まれる」

 翌朝。

 ガルドは宿屋の食堂で、山盛りのパンと肉料理を前に満面の笑みを浮かべていた。

「うまい! 朝から肉が食えるって最高だな!」

「昨日もあれだけ食べたのに、まだ入るのね……」

 向かいの席で、セリナが呆れたように息を吐く。

 昨日は町の腕自慢大会で優勝し、金貨五枚と革の籠手を手に入れた。

 その賞金を使って、二人は少し豪華な夕食を楽しんだのだ。

 それなのに、ガルドの食欲は朝になっても衰える気配がない。

「今日は町をぶらぶらするんだろ? だったら、腹ごしらえは大事だ!」

「まあ、それはそうだけど……」

「それに、町を歩けば新しい店が見つかるかもしれない!」

「結局、食べ物なのね」

「もちろん!」

 あまりにも迷いのない返事に、セリナは思わず笑ってしまった。

 けれど、今日は彼女自身も楽しみにしていた。

 ここ数日は森の調査や依頼続きで、落ち着いて町を歩く時間もなかった。

 たまには剣や魔物のことを忘れて、のんびり過ごすのも悪くない。

「じゃあ、まずは商店街に行きましょう。私もちょっと見たいお店があるの」

「おう! その途中に肉の店があったら寄ろう!」

「はいはい」

 こうして二人は、宿屋を出発した。

 今日の目的は、町歩き。

 少なくともセリナは、そのつもりだった。

 もっとも、ガルドにとっては最初から別の目的もあったのだが。


 商店街は朝から活気にあふれていた。

 野菜を並べる店、色鮮やかな布を売る店、旅人向けの道具を扱う店。

 通りの両側にはさまざまな露店が並び、あちこちから威勢のいい呼び声が聞こえてくる。

「おっ、あれは何だ?」

 ガルドが足を止めた。

 視線の先には、鉄板の上で肉を焼いている屋台があった。

 香ばしい匂いが風に乗って流れてくる。

「串焼きね。昨日も食べたでしょう?」

「昨日の串焼きと今日の串焼きは違う!」

「……そういうもの?」

「そういうものだ!」

 ガルドは当然のように頷くと、店へ向かった。

「おじさん、それ二本!」

「はいよ! 焼きたてだ!」

 受け取った串焼きの一本を、ガルドはすぐにセリナへ差し出した。

「ほら、セリナの分!」

「え? 私も?」

「二本頼んだからな!」

「……ありがとう」

 セリナは串を受け取った。

 ただ二本頼んだから。

 おそらくガルドにとっては、それだけのことなのだろう。

 けれど、何気ない気遣いが妙に嬉しかった。

 二人は並んで串焼きを頬張りながら、再び歩き始める。

「これ、香辛料が効いていておいしいわね」

「だろ! この肉、昨日の店とは違う味がするぞ!」

「あなた、肉のことになると本当に詳しいわね」

「食べるのが好きだからな!」

 胸を張るガルドを見て、セリナはくすくすと笑った。

 こんなふうに何でもない話をしながら町を歩くのは、思っていた以上に楽しかった。

 そのまま二人は、衣服店や道具屋をのぞきながら通りを進んでいった。

 そして、ある店の前でセリナが足を止める。

「ここ、ちょっと見てもいい?」

「もちろん!」

 そこは冒険者向けの装備品を扱う店だった。

 弓の弦や矢筒、短剣用の鞘などが並んでいる。

 セリナは弓の手入れに使う道具を探していたらしい。

 商品を一つずつ確かめながら、店主に質問をしている。

 ガルドはその様子を眺めていたが、ふと自分の手元へ視線を落とした。

 昨日、腕自慢大会でもらった革の籠手。

 まだ袋に入れたままだった。

「なあ、おじさん。これ、俺の剣を持つときにも使えるかな?」

 店主は籠手を受け取り、革の厚さや縫い目を確認した。

「悪くない品だな。手のひらも補強されているし、握り込んだときに滑りにくい。大剣を使うなら、試してみる価値はあるぞ」

「おお!」

「ただし、手に合わないなら無理に使うなよ。握りにくい装備は、かえって危ないからな」

「分かった!」

 ガルドはさっそく籠手を装着した。

 指を握ったり開いたりして、具合を確かめる。

「おっ、いい感じだ!」

「ならよかったじゃない」

 セリナも自分の買い物を終え、こちらへ戻ってきた。

「剣を振るときに違和感がないか、あとで確認したほうがいいわね」

「そうだな。今度、軽く振ってみる!」

「軽く、ね……」

 セリナは、ガルドが軽く振っただけで何かが壊れないことを祈った。

 もちろん、本人に悪気はない。

 むしろガルドは、新しい装備が気に入った様子で何度も手を握っていた。

 そのときだった。

「誰か! 誰か手を貸してください!」

 通りの向こうから、切羽詰まった声が響いた。

 二人が振り返ると、人だかりの向こうで小さな荷車が傾いていた。

 車輪の片方が石畳の溝にはまり、積んでいた木箱が今にも崩れ落ちそうになっている。

 荷車を押しているのは、まだ若い女性だった。

 周囲の人々も助けようとしていたが、車輪がうまく動かず、どうにもならないらしい。

「大変だな」

 ガルドはそう言うと、迷いなく歩き出した。

「ガルド、待って。まずは状況を――」

「大丈夫だ! 押せばいいんだろ?」

「そういう話をしてるんじゃないんだけど!」

 セリナの声を背中に受けながら、ガルドは荷車の横へ回り込んだ。

「お姉さん、ちょっと押すぞ!」

「えっ? あ、はい!」

 ガルドは荷車の荷台に手をかけ、傾きを直すように持ち上げた。

 ぐっ、と腕に力を込める。

 すると、傾いていた荷車があっさりと水平に戻った。

「よし!」

 そのまま車輪を溝から抜き、石畳の上へと押し戻す。

 荷車は何事もなかったかのように、元の位置へ戻った。

 周囲が静まり返る。

 女性も、口を開けたままガルドを見上げていた。

「これでいいか?」

「え……あ、はい! ありがとうございます!」

 女性は慌てて頭を下げた。

「本当に助かりました! 一人ではどうにもならなくて……」

「気にするな! 荷物が落ちなくてよかったな!」

「それにしても、すごい力ですね……。荷物もかなり積んでいたのに」

「そうか? 持ち上げれば動くぞ?」

「普通は持ち上がらないのよ……」

 追いついたセリナが、横から小さく突っ込んだ。

 女性は二人を交互に見たあと、はっとしたように顔を明るくした。

「あの、もしかして冒険者の方ですか?」

「そうだぞ! 俺はガルド。こっちはセリナだ!」

「私はミレーヌといいます。小さな雑貨店をやっているんです」

 ミレーヌは荷車の木箱を確認しながら説明した。

 箱の中には、手作りの小物や装飾品が入っているらしい。

 今日は市場で商品を売る予定だったが、道の溝に車輪がはまってしまったのだという。

「よかったら、お礼をさせてください。大したものではありませんが……」

「いや、お礼なんていいぞ!」

 ガルドはあっさり断った。

「困ってる人を助けただけだからな!」

 ミレーヌは目を丸くした。

 その隣で、セリナは少しだけ誇らしい気持ちになっていた。

 ガルドは力が強いだけではない。

 目の前で困っている人がいれば、何も考えずに手を貸す。

 その単純さが、ときどき危なっかしくもあるのだけれど。

「それでも、何かお礼をさせてください」

 ミレーヌは少し考えたあと、荷台から小さな布袋を取り出した。

「これ、私が作った焼き菓子なんです。よかったら召し上がってください」

「焼き菓子!」

 ガルドの目が輝いた。

 先ほどまで断っていた人間とは思えない反応だった。

 セリナが額に手を当てる。

「……ガルド」

「いや、これはお礼だからな!」

「まだ何も言ってないでしょう」

「そうだった!」

 ミレーヌは思わず吹き出した。

「ふふっ。お二人は仲がいいんですね」

「えっ?」

 セリナの頬が、ほんのり赤くなる。

「そ、そう見えます?」

「はい。とても」

「俺たちは一緒に依頼を受けてるからな!」

 ガルドは何の疑いもなく答えた。

 セリナは一瞬だけ彼を見つめ、それから小さくため息をついた。

「……そうね。そういうことにしておくわ」

「どういうことだ?」

「何でもない!」

 ミレーヌは、そんな二人を楽しそうに眺めていた。


 焼き菓子を受け取った二人は、ミレーヌに別れを告げて再び歩き始めた。

 袋の中には、丸い形をした焼き菓子がいくつか入っている。

 香ばしい匂いが漂っていた。

「これ、うまそうだな!」

「帰ってから食べるものじゃないの?」

「今食べてもいいだろ?」

「……まあ、そうね」

 ガルドは一つ取り出し、豪快にかじった。

「うまい!」

「本当? じゃあ私も……」

 セリナも一口食べる。

 甘さは控えめで、木の実の香ばしさが口いっぱいに広がった。

「おいしいわね。これならお茶にも合いそう」

「お茶か! じゃあ、茶を飲める店を探そう!」

「ふふっ。いいわね」

 二人は焼き菓子を分け合いながら、通りを歩いていった。

 やがて、商店街の外れに小さな広場が見えてくる。

 広場にはベンチがいくつか置かれ、中央には噴水があった。

 その周囲には、花を売る露店や小さな飲食店が並んでいる。

「ここで少し休まない?」

 セリナが提案した。

「賛成だ! ちょうど腹が――」

「お腹が空いた、はなしね」

「……ちょっとだけ空いた」

「さっき串焼きを食べたばかりでしょう!」

 セリナは呆れながらも、笑いをこらえきれなかった。

 二人はベンチに腰を下ろした。

 しばらく、何をするでもなく広場を眺める。

 子供たちが噴水の周りを走り回り、買い物帰りの人々が楽しそうに話している。

 冒険者として活動していると、どうしても依頼や魔物のことばかり考えがちだ。

 けれど、こうした普通の暮らしがあるからこそ、守りたいものも生まれるのだろう。

「ねえ、ガルド」

「ん?」

「これからも、いろんな町に行ってみたい?」

「もちろん!」

 返事は即答だった。

「知らない町には、知らない食べ物があるからな!」

「やっぱりそこなのね……」

「それに、知らない場所を歩くのも面白いだろ?」

 セリナは少し驚いて、ガルドの顔を見た。

 ガルドは広場を眺めながら、楽しそうに続ける。

「強い魔物と戦うのも好きだし、初めて見る景色も好きだ。町ごとに違うものがあるって、いいよな!」

「……そうね」

「セリナは?」

「私も、いろんな場所を見てみたいわ」

 セリナは、そっと微笑んだ。

「一緒に行けたら、もっと楽しいと思う」

「じゃあ、これからも一緒に行こう!」

 ガルドは、いつもの調子で笑った。

「俺一人だと道に迷うかもしれないしな!」

「そこは自信を持って言うところじゃないでしょう……!」

 セリナは笑いながら、ガルドの肩を軽く叩いた。

 けれど、その表情はどこか嬉しそうだった。

 まだまだ、この男のことは分からない。

 力は途方もなく強いのに、本人はそれを特別だと思っていない。

 食べ物のことになると目の色が変わるし、思ったことをそのまま口にする。

 それでも、一緒にいると不思議と退屈しない。

 むしろ、次は何が起きるのだろうと楽しみになる。

「よし! 次はあの店に行ってみよう!」

 ガルドが立ち上がった。

 視線の先には、湯気を上げる鍋を店先に並べた食堂がある。

「……結局、食べ歩きに戻るのね」

「おう!」

 セリナは笑って立ち上がった。

「いいわ。今日は付き合ってあげる」

「本当か! よし、行こう!」

 ガルドは勢いよく歩き出す。

 セリナはその背中を追いながら、ふと思った。

 次の冒険では、どんな景色が見られるのだろう。

 どんな強敵が待っているのだろう。

 そして――。

 この隣を歩く男と、どんな時間を過ごすことになるのだろう。

 今はまだ、答えは分からない。

 けれど、それを楽しみに思える自分がいる。

 そんなことを考えながら、セリナはガルドの隣へと並んだ。

スポンサーリンク
よかったらシェアしてね!
  • URLをコピーしました!
  • URLをコピーしました!

この記事を書いた人

Web小説書いてます。最強・ファンタジー・冒険・ほのぼの・飯テロが好き。Xアカウントはこちら→

コメント

コメントする

目次